圧倒的な速さ。 迫力ある錬成。 大きな背中。 幼い自分が一瞬で魅了された”あの人”。 その人が、父の語る”あの人”だったなんて。 やはり運命だったのだ。 自分があの場にいて、”あの人が”その場にいたのは。 「今回は大活躍だったね、エルリック少佐。いや、もう中佐だったかな?」 「まだ少佐だから。てか、中佐になんかなりたくないし。別に大活躍って程でもないだろ。只単に事件現場に居合わせただけだ」 「そうは言うけどね、君じゃなければあんなにも素早く、的確な対応は出来なかったと思うよ。第一、50人からのテロリスト達を一度に拿捕するなんて真似は誰にも出来ないことだ。違うかい?」 「そんなことは無いだろ。その場にいたら誰だってどうにかして対処してたさ。実際、あんただって出来たはずだ。そうだろう?マスタング中佐」 謙遜でも嫌味でもなく、本心から何でもないことのように話すエドワードに思わず苦笑が漏れる。 彼のように、能力があるのに欲のない人間は軍では珍しい部類に入る。 つまり、味方も多いが敵も多いタイプだ。 そんなエドワードを見ながら、久しぶりに会う若き国家錬金術師は相変わらずだと、楽しくなるレオン・マスタングだった。 「そう買い被ってくれるのは嬉しいけどね。私には無理だよ。だが、君がそう言ってくれるのならば、今回は取り敢えずそういうことにしておこうか」 「ああ。そうしておいてくれ」 エドワードがニヤッと笑う。 「そうそう。それよりもまず、君には一番に礼を言わなければならないことがあった」 少しだけ居住まいを正したレオン・マスタングが、どこか戯けながらも真摯な思いを込めてエドワードに向き直ると、何とも思い掛けない台詞を発した。 面食らったのはエドワードである。礼を言われる覚えなどこれっぽっちもない。 「礼?なんだそれ」 「私の息子が今回のテロに巻込まれていたんだ。君には息子を救って貰った。ありがとう」 「マスタング中佐の息子?図書館にいたのか?」 「ああ。息子が第四分館で閲覧しているところに爆発があったんだ。いつもなら、閉館すれば直ぐに帰ってくるのに、今日に限って帰ってこなかったので心配になって来てみたらこの事件が勃発していたって訳だ。息子の写真を見せて担当士官に確認したところ、間違いなく息子は保護されていて、幸い怪我一つ無く無事だという報告を先程受けた。これから迎えに行くところだよ」 「第四分館って・・・。ああ、そういえば子供が一人いたな。倒れかかった書架の下敷きになりそうなじいさんの直ぐ近くに。あの子供があんたの息子だって?」 「ああ、そうだ。ロイという。10歳になる私の息子だ」 「そうだったのか。凄い偶然だな」 「本当に感謝する」 「なんか、あんたにそんな素直に感謝されるとちょっと不気味だな。気持ち悪いから止めてくんない?大体、偶然居合わせただけで感謝されても困る」 「エルリック少佐。人の謝辞は素直に受けるものだ。大体、どこが不気味なんだね?失敬な」 「いや、そういうところが胡散臭いんだって」 心底嫌そうな顔で小憎らしい返答をするエドワードに、「君はつくづく難儀な性格をしているのだな」と、レオン・マスタングは呆れたように肩を竦める。 「俺は素直なだけだって」 「どの口が言うのだか。まあ良い。今回は大きな借りがある」 「何でも良いよ。俺は帰る」 「もう帰るのか。犯人達の事情徴収は済んだのかい?それに、中央司令部襲撃の後始末はどうするんだ?」 「襲撃も未然に防げて大事には至らなかったし、残りの犯人達も捕まえた。俺の仕事はもう終わりだ。ここには様子を見に戻ってきただけだ。奴らの目的は分かったし、後の始末は全部ジジイがやるだろ」 「ジジイって・・・。相変わらず不敬な。少しは口を慎んだらどうだね?エルリック少佐」 「ジジイはジジイだろ。別に問題ないから良いんだよ」 「問題は大ありだよ。大総統の威信に関わる」 「本気でそんなこと思ってもいないくせによく言うよ」 「本心だよ」 「どうだかな。まあ良いよ。兎に角、俺は帰るから。じゃな」 そう言うが速いか、やや一方的に会話を打ち切ったエドワードは、その場から足早に立ち去って行った。 若き国家錬金術師は相変わらず落ち着きがないらしい。 そんなエドワード・エルリック少佐は、人並み外れた頭脳と行動力、実力が伴い、俄には信じられないような手柄を何度も立てている、凡人からしてみれば羨ましい限りの人物だ。 今回の事件も良い例である。 大人数で中央図書館を包囲して爆発騒ぎを起こし、セントラル中の軍人を誘き出す。その隙を突いて護りが手薄になった中央司令部を、ひいては大総統を襲おうという計画をテロリスト達は立てていたのだが、迅速すぎるエドワードの行動によりその機会は潰えていた。 つまり、図書館爆破&襲撃を担当していた50人のテロリストを一度に捕らえ、真の目的を白状させた上で、中央司令部襲撃担当の残りのテロリスト達を捕らえたということだ。 事態の進行を整理してみると、あっという間の簡単な捕り物劇のようにみえるが、実際はエドワード・エルリックという人物だからこそ実現できた神業なのである。 全く大した行動力と機動力実戦力である。 若干17歳にして国家錬金術師であり軍の少佐でもあるエドワードは、確かに誰もが羨む素晴らしい能力を持った人物だが、その実態はと言えば、只のガキでもある。 良くいえば自由奔放。 悪くいえば自分勝手。 そんな、若くエネルギーの有り余った子供(40歳の自分からすれば17歳のエドワードなど子供にしかみえない)であるエドワードのことを、レオン・マスタングは密かに好ましく思っていた。 子供であると同時に誰よりも優秀な、軍人らしくない軍人である一人の人間として。 どの位好きかと問われれば、折に触れ、息子のロイに匿名で彼の手柄を聞かせてやるほどに、だ。 お陰で、ロイはすっかり鋼の錬金術師のファンになってしまった。 国家機密みたいな存在である彼の人となりを詳しく話すわけにはいかないので、いつも起承転結だけでエドワードの手柄を語るのだが、恐ろしいことにそうすると、彼が物語の中のヒーローのように万能で優秀な非の打ち所のない人物になることにレオン・マスタングは気が付いた。 エドワードの実像を知っている身としては何とも複雑で、ロイがエドワードにどのような幻想を抱いているのかが少し気になるところだった。 だが、何故気になるのかと言えば、実は面白いからだった。 自分の息子のことだというのに何とも不謹慎だが、レオン・マスタングは、エドワードが言うように以外と人が悪いのだった。 さて、その息子を迎えに行くとするか。 レオン・マスタングはゆっくりと、エドワードが去ったのとは逆の方向へと足を向けた。 「本当に凄かったんだ!僕あんなに綺麗な青色を見たの初めてだっ!父さんも見た事ある?」 中央図書館からの帰り道。 日も暮れて人気のない道を歩きながら、自分が遭遇した錬金術師の事を止め処なく語るロイの瞳は、見事なくらい興奮に輝いていた。人通りが無いとは言え、危ないので時折前を向きなさいとレオン・マスタングが注意するが、その効果は僅かで、直ぐに父親の顔を見上げて身振り手振りを交えて話し始めるのだった。 運が悪ければ命さえ危ない危険な事件に遭遇したというのに、鮮やかすぎるエドワードの活躍によりあっさりと事件が解決してしまったため、ロイにはその実感が全くないようだ。お陰で凄い錬金術師の事にだけ意識が集中してしまっていた。やれやれ、困ったものだ。 「ああ。見たことあるぞ」 困ったと言いつつ、レオン・マスタングは更に息子の興奮を高めるような発言をする。何だかんだと言いつつ、彼も相当癖のある人物のようである。 案の定、ロイは父親の投げた餌に食い付いてきた。 「一緒に任務を遂行したこともあるしな」 「えっ!それどういう事?今日僕を助けてくれた錬金術師さんと会った事あるの?」 「ああ。勿論」 「ええーーっ!本当に?いつ?何所で!?何を一緒にやったのっ!?」 「それは任務だからな。教えることは出来ない。分かっているだろう?」 「そうだけど、でも!父さんばっかり狡いよっ!」 「狡くはないだろう。同じ軍人同士。一緒の任務をしただけだ」 「どんな人なの?男の人?女の人?何歳くらいの人なの?国家錬金術師なの?軍人になったら僕も会える?」 「随分欲張りな質問だな。だけど全部に答えることは出来ないな。これも分かっているだろう?」 「分かってるけど・・・・・」 泣きそうな顔をしながらも、どこか不機嫌そうな顔をした息子に思わず笑ってしまう。こんなにも喜怒哀楽をハッキリと見せる様子は珍しい。本来、ロイは年齢の割に落ち着いた子供なのだ。余程件の錬金術師にご執心らしい。 「今、”全部に”って、言った?じゃあ少しだけなら教えてくれるの?」 ハッとしたように父の言葉を掬い上げてロイが叫ぶ。 「耳敏いな」 ニヤッと笑ったレオン・マスタングが息子をからかう。元より、ロイが気が付くだろうと分かっていて態とそう言ったのだ。つくづく曲者である。 「早く教えてよ!父さん!」 「仕方ないな。だか、これから父さんが言うことは絶対に他言しては駄目だぞ。お母さんにもだ。なんと言っても軍の内部事情は外部に知られたら大変なことになるんだからな」 「分かった。約束するよ。だから早く教えて」 勿体振る父を急かすように、だが神妙な顔でロイは誓いの言葉を口にする。 何でも良い。あの人の事が少しでも知りたい。 瞬きをするのも忘れて、ロイは父の重たい口が開くのを今か今かと待ちかまえる。一言だって聞き逃すもんか。 「お前が今日会ったのは、いつもお前に話して聞かせている、”あの”国家錬金術師だ」 「・・・・・・・・・・・・・・えっ!!!」 聞いた言葉が耳から脳へと浸透するまでに大分間が空いたが、理解した途端にその衝撃はロイの全身へと広がっていった。ブルブルと微かに身を震わせながら、ロイは静かな口調で父に尋ねた。 「それって、12歳で国家錬金術師試験に合格して、最近軍に正式入隊したっていう、”あの人”のこと?」 「そうだ」 「僕と7歳しか違わなくてまだ17歳っていう、あの人のこと?」 「そうだ」 「・・・・・・・・・・・・・」 「どうした?」 「・・・・・・・・・・・・・」 「ロイ?」 先程までのテンションが一気に落ち、驚くほど静かになったロイがそこにはいた。一体どうしたというのだろう。 ビックリしすぎて思考が固まってしまったのだろうか? レオン・マスタングが我が子の様子に首を傾げていた時だった。 暫く父の顔を見たまま微動だにしなかったロイが突然父に向かって叫んだ。 「父さん!僕絶対に国家錬金術師になるよ!そして、あの人と一緒に働けるように頑張る!勿論軍人にもなるからっ!」 その内容たるや、息子を煽った自覚はあったとはいえ、レオン・マスタングを驚かせるには十分な威力を持っていた。まさか国家錬金術師と軍人の両方になりたいと言い出すとは! だが、実に面白い。 マスタング家からは、未だ曾て錬金術師を排出したことはない。錬金術師との個人的な繋がりも一切無い。そんな状況でどうやってロイが国家錬金術師を目指すのか、実に興味深い。 親子とはいえ、ロイは一個の人間である。 自分の人生を生きる権利は誰にでもあるのだ。だからロイの思いを否定したり止めたりすることはしない。やれるところまでとことん自分で努力すればいい。 「そうか。では死ぬ気で頑張れ。生半可な努力では軍人には。増してや国家錬金術師には到底なれないぞ」 「うん。分かった!父さん、ありがとう!」 「礼を言われる覚えはない。お前の人生はお前が自分で切り開けばいい。それだけのことだ」 「うん」 父があっさりと許してくれたことに驚きながらも、ロイは嬉しかった。頭ごなしに駄目だという父ではないと分かってはいたが、それでも不安だったのだ。軍人の息子だからといって軍人になれるというわけでは無いし、国家錬金術師なんて更に険しい道のりなのだ。普通の親なら、軍人はともかく錬金術師になることは止めるだろう。 ロイは、自分の父がレオン・マスタングという人物だったことがもの凄く嬉しい。やっぱり父さんは凄い。偉い。大好きだ。 今なら勢いでもう一つの質問にも答えてくれるかな? ロイの頭に子供らしい甘えが浮かんだ。 「ねえ、父さん。あの人って男?女?どっち?」 「それは・・・・」 父が教えてくれた答え。それは・・・・。 END |
「Memories of blue」第六話です。
尻切れトンボみたいですがコレで一応完結です。
が、蛇足のようなおまけを書いたので、良かったら読んでみて下さいv
それにしても、小さいロイはエドに夢見すぎですね(笑)
気の毒に;;
2012/07/06