頭上に輝く黄金。

翻るコートの緋色。

錬成光の青。


それが、10歳のロイが見た全てだった。

たったそれだけ。

だが、それで十分だった。

”人生”を変えるには。














聳え立つ壁からひらりと飛び降りた影は、漸く各分館から出て来た数名の軍人達の元へと走り寄ると、何か指示を与えはじめたようだった。
ロイのいる場所からは遠すぎてよく分からなかったが、些か悶着があったように見える。
だが、どうにかそれも収まったのだろう。暫くすると、ロイが切望してやまない人物は自分を置き去りにして、又どこかへと走り去ってしまった。
彼の人物が自分の存在を知らないのは当然なのだが、何故かその事が凄く辛い。
ロイは、肝心な時に雷に打たれたような衝撃に体が固まってしまい、身動きが出来なくなった自分を呪った。
どんどんと小さくなる彼の人の背中を見詰めながら、まるで頑是無い子供のように大きな声で泣き喚きたくなる衝動をどうにか押さえつける。
握りしめた拳から血が滲んでいることにも気が付かないまま長い時間立ち竦んでいた。
その姿勢のまま突っ立っていたロイを、先程第四分館で一緒だった少尉が発見して保護したのは、エドワードが立ち去ってから十分後の事だった。





「さっきの人は軍人ですか?国家錬金術師ですか?なんていう名前なんですか?」

「君、そんなことより怪我はないか?全く、いきなり一人で飛び出すなんて無茶な事をする。何かあったらどうするつもりだったんだ。いいから、ご両親の連絡先を教えてくれ。迎えに来て貰うからな」

「質問に答えて下さい!あの人は誰なんですか?」

「いい加減にしなさい。軍関係者の事は民間人には一切知らせるわけにはいかないんだ」

「じゃあ、やっぱり軍人なんですね!」


許可の無い者は一切入館出来ないという特異性から、全く被害の無かった第一分館の閲覧室に、ロイ達民間人は集められ、それぞれ事情聴取を受けていた。
被害者ではあるが、犯人グループの一味である可能性も否定できなかったからだ。
とはいえ、犯人達は全員捕らえられているため、この聞き取りも殆ど形式的なものに終始していた。
実際、ロイ以外の三名は既に聴取を終えて身内の迎えを待っている状態だった。
本来なら一番簡単に終わるのはロイだった筈なのに、ロイの聞き取りを担当している少尉は未だその結果を出せないでいた。
何故ならば、ロイが全く聞く耳を持っていないからである。
そう。今、ロイの心を占めているのは、大きな背中をした圧倒的な実力を持つ錬金術師の事だけなのだった。
自分の現状などどうでもよかった。知りたいのはあの人が誰なのかと言うことだけだ。
軍人であるのは間違いなさそうだが、名前は何というのだろう?何歳なのだろう?男性?女性?国家錬金術師なのだろうか?どうしたらまた会う事が出来るのだろう?
様々な疑問が頭の中で渦を巻いてロイの興奮を更に煽る。
こんなにも一つのことに夢中になるのは初めてだった。
頭に血が上ってしまい、自分の言動が目の前の少尉を困らせているという事に全く考えが及ばないロイは、実に子供らしい傍若無人さを発揮していた。


「・・・・君には関わりのないことだ。いいから、私の質問に答えるんだ」


そんなロイの、助けて貰った恩人の事を知りたいという過剰とも思える熱心さに、思わず口を滑らせてしまった自分を叱咤しつつ、少尉は質問を続けるが、その成果ははかばかしくは無かった。


「僕の質問に答えてくれないのなら、僕も少尉の質問には答えません」

「あのなぁ・・・。こんな事ではいつまで経っても此所にいることになるぞ。それでも良いのかい?」

「構いません。教えて下さい」


いや、君は構わなくてもこちらは構うのだ。
頑固な子供を前にして、少尉は内心で溜息を付く。
大体、質問に答えないからといって、子供をいつまでもここに引き留めて置くわけにも行かない。既に事件が収束してから二時間が経過し、外もとっぷりと暮れている。こんな暗い中、子供一人を放り出すわけにもいかない。何とかして両親のどちらかにでも連絡を付けて迎えに来て貰わなくては。
最悪、この子供が身元を明かさないなら、本当に軍で預からなくてはならないが、そんなことになったらこの子の両親は心配で堪らない夜を過ごすことになるだろう。
そんな事態はどうにか回避したいのだが、この様子だとどうなる事やら。
持久戦になりそうだ。
諦めの境地に達した少尉に同情したのか、救いの神はその後直ぐにやってきた。










レオン・マスタングが閲覧室に到着して周囲を見渡すと、数人の民間人と軍人達の入り乱れる中にロイがいた。
目の前の軍人と何やら問答しているようだが、一体何を揉めているのだろうか。
それにしても、大人用の椅子に座ったロイは一際小さく見え、妙に目立つ。
実際にロイの無事が確認出来てホッとしたからだろうか、その光景を見たレオン・マスタングの口元に笑みが浮かぶ。
怪我も無さそうだし、本当に良かった。
暫く様子を見ていたレオン・マスタングは、漸く一歩を踏み出し落ち着いた様子で彼らに近付いていった。だが、二人ともこちらには一向に気が付く様子はない。議論が白熱しているらしい。
そんな遣り取りを遮るように、レオン・マスタングは担当士官の少尉に話しかけた。


「お取り込み中失礼する。レオン・マスタングだが、息子のロイを迎えに来た」

「父さん!」

「え、父さん?」


突然聞こえてきた声に最初に反応したのは、当然だがロイだった。
そのロイの言葉にビックリして振り返った少尉の目に飛び込んできたのは、黒髪に黒目、小柄だががっしりとした体格の、理知的な目をした落ち着いた雰囲気の男性−レオン・マスタング−だった。
印象は全く違うが、なるほど、確かに目の前の子供とよく似ている。
そして、その身を包む青色の制服は、何と、自分と同じアメストリス国の軍服だった。
この少年の父親は軍人だったのか、と少尉はぼんやりと思ったが、よく見るとその軍服には佐官であることを示す四本線に二つ星が輝いていた。


「ちゅ、中佐殿でしたか。失礼しました」


とっさに立ち上がり、直立不動で敬礼する少尉だったが、思わぬ人物の登場に少しびびっていた。まさかこの子供の父親が軍人で、しかも中佐だったとは。
こんな時間まで息子を引き留めていたことを叱咤されたらどうしようと、少尉は内心ドキドキだったが、勿論、彼に非はない。
緊張した様子の少尉を安心させるように、レオン・マスタングは人好きのする笑みを浮かべて敬礼を返した。


「息子が世話になった。レオン・マスタング中佐だ」

「ブラント少尉です。息子さんを長い時間お引き留めしてしまい申し訳ありません」

「そんなことは気にしなくて良い。何か事情があったのだろう?」

「いえ、その・・・」

「僕が父さん達の連絡先を教えなかったんだ。ごめんなさい」


父親の登場に、これ以上身元を隠すことは無意味だと判断したロイが正直に謝る。
そのロイの告白に、レオン・マスタングは片眉を上げる。


「何故直ぐに連絡先を言わなかったんだ?」

「それは・・・・」

「それは、何だ?はっきり言いなさい。私やお母さんがどれだけ心配したか分かっているだろう?」


激昂する事はないが、その淡々とした口調から静かな叱責が読み取れる。本当に心配していたのだろう。
父に叱られ冷静さを取り戻したロイは、漸く自分が我が儘な振る舞いをしていた事に気が付いた。
その為に引き起こされた今の事態が悔やまれる。両親に心配を掛けたばかりか、親切にしてくれた少尉にも迷惑を掛けてしまったのだ。
これでは、幾ら自分が子供ではないと主張したところで全然説得力がない。情けない。


「うん。心配掛けて本当にごめんなさい。実は、僕達を助けてくれた錬金術師がどういう人なのかが知りたかったんだ。だから、その人のことを教えてくれなきゃ連絡先を言わないって少尉に言ったんだ」

「錬金術師?見たのか?」

「うん!パンって音がしたらあっと言う間に青い錬成光が光って床が盛り上がったんだ!凄かった!外でも地面が崖のように聳え立っているのを見たよ」

「そうか。初めて遭遇した錬金術師と錬金術に興奮したのは分かる。が、だからといって少尉に迷惑を掛けたり、私達を心配させたりして良いということにはならない。それは只の子供の我が儘だ。お前は常日頃もう子供じゃないと言い張っているが、こんな事をするようではいつまで経っても子供扱いされても仕方がないな。そうだろう?」

「・・・・・・うん」


先程、自分でもそう思ったことを改めて父に指摘され、本当に情けなくなる。


「よく反省して次に同じ事をしないように努力することだ。分かったか?分かったらブラント少尉に謝るんだ」

「二度とこんな事はしないと誓います。ごめんなさい。後で母さんにもちゃんと謝ります」


真剣な表情で父親の叱責を受けていたロイは、こちらも又真剣な様子で父に反省の意を伝え頭を下げると、くるりと向き直って少尉に謝罪した。


「ブラント少尉、親切にして貰ったのに迷惑掛けてしまってごめんなさい」

「いや、こちらこそ大人気ない対応をしてしまって申し訳なかった。とにかく、お父さんと会えて良かった」


小生意気で頑固だった子供が父親に叱られ悄然とした様子で素直に謝る姿は、なんだか小さく見えて可哀想になる。しっかりしているようにみえるが、やはりまだ10歳の子供なのだ。
先程まで腹立たしく思っていた気持ちが霧散して、自分の対応も大人気なかったと反省するブラント少尉だった。


「さて、少尉への謝罪が済んだなら帰ろうか。お母さんが心配しているぞ」

「うん。ブラント少尉、さようなら」

「ああ。修復が終わったらまた図書館においで」

「はい。だけど僕明日家に帰るので暫くセントラルには来られないんです」

「そうか、それは残念だ。でも、また来ることがあれば是非立ち寄ってくれよ」

「はい。絶対に又来ます!」


少尉に元気よく答えながら、ロイは、またあの錬金術師に会えるかもしれないし、と内心で思っていた。父に叱られたことで一旦は追求を諦めたロイだったが、まだ希望は捨ててはいないらしい。
思い込んだらしつこいのだ。














  





「Memories of blue」第五話です。
何と一年七ヶ月振りの更新です・・・・(滝汗)
本当に本当にお待たせしてしまってすみませんっ!(>_<)
一体何をやってるんでしょうね、私は;;;

そして、今度もオリキャラの登場です。
何と、ロイの父・・・・・・・。

皆さん、付いてきて下さってますか?
自由すぎる作品に戸惑う方もおられると思いますが、
少しでも気に入っていただけたら嬉しいです♪

後一話くらいで終わると思います。
今度はもう少し早くUPしたいです。(希望・・・・汗)



2012/06/21