遠くから聞こえる錬成音と錬成光に一挙一動し、少しでも見られたらと思い目を向ける。 そうして、目の前に広がった光景に目を見張った。 広場の中央に隆起した地面が岩山のように聳え立ち、その岩山の上に立つ人物の影が光に照らされて巨大な影絵を映し出していた。 それは信じられないほど大きくて揺るぎない力を感じさせる姿で、ロイは一瞬で魅了された。 もっと近くに行って彼の人の姿を見てみたい。 その錬成を目に焼き付けたい。 こんなにも必死に何かを切望したのは生まれて初めてだった。 ”運命”と出会った瞬間だったのかもしれない。 偶然立ち寄っていた国立中央図書館。 その中でも、普段ならば第一分館に立ち寄ることが多い中、今日は珍しく第四分館へと立ち寄っていたところ、エドワードは今回の騒動に遭遇した。 殆ど人気のない通路をのんびりと歩いて、もうすぐで閲覧室に辿り着くという所で最初の爆音が聞こえた。 閉館を促す音楽が流れているとはいえ、まだ多少時間がある室内には誰かしらいるはず。 そう頭で考える前に体が動いていた。 走り出して直ぐに閲覧室の扉が見え、開く。 二度目の爆音が響いたのはそれとほぼ同時だった。 開け放った扉の奥の、目に飛び込んできた情景に、エドワードは直ぐさまパンッと両手を合わせ床へと手を触れる。 途端、目にも鮮やかな錬成光と共に盛り上がった床が、今、正に老人へと倒れ込んでこようとしていた書架を巨大な壁となって支えた。 ギリギリだったが間に合って良かったと胸を撫で下ろす。後は彼らを安全な場所へと誘導するだけだ。 エドワードは一番手前にいた三十代後半と覚しき軍人へと近寄り話しかける。 「おいっ!ここは危ないから、あんた達は民間人を連れてこの奥の倉庫へ行け!」 「助けて貰った恩はあるが、誰だか分からないような奴に指図される謂われはない!貴様がテロリストではないのかっ!」 突然現れた少年にそんなことを言われたって、ハイそうですかと聞けるものではない。 もしかしたらこの少年こそが、この爆弾を仕掛けた張本人かもしれないのだ。 当然ながら彼は警戒心を顕わにして反論をする。 だが、少年から返ってきた答えは彼の予想とはまるで違った。 「んなわけあるか。俺はエドワード・エルリック。東方司令部所属の少佐だよ。錬金術師でもある。まあ生憎休暇中なんで身分証は持ってないけどな。疑うんなら後で軍に問い合わてみろよ。兎に角、今はそんなこと言ってる暇はない。俺の詮索は後にして今は言うことを聞いてくれ。分かったか?」 「しっ失礼いたしましたっ!ですがエルリック少佐。ご指示通りに奥に行ってしまったら逃げ道が無くなってしまいますっ!」 「大丈夫。この爆発は入口から奥へと順に発生している。テロリストがまだ館内にいるなら奥から爆破を起し、自分達の逃げ道を確保するはずだろ?それが逆に発生しているとなれば答えは簡単。既にテロリストは安全な場所にいるということさ。爆破に驚いて外に出たところで狙い撃ちされる可能性も否定できない内は中にいた方が良い。それに、一般市民のフリをして入ってきたテロリストが、遠隔式時限爆弾を設置していったんだとすれば、立ち入り禁止区域の手前までしか仕掛けられてはいないはずだろ?だから奥へ避難した方が安全というわけさ。分かったか?」 「了解しましたっ!直ぐに避難します」 「よし。避難するときは爆破が起こった後から進んで行けよ。何発仕掛けられてるか分からないから用心した方が良いよ。じゃあ俺は表に行くから後は頼んだぜ。事態が収束したら知らせに行くから、それまで彼らの安全を守るのよろしくな」 「はっ!」 敬礼をしたまま、少佐と自称する少年を見送る彼の心境は複雑だった。 何とも胡散臭い。 だが、危ないところを助けてくれたのは事実だし、納得できる理由で命令を下されたのも事実だ。 だがしかし・・・・どう考えても軍人には見えない・・・。 何と言っても若すぎる。自分より二十歳は若く見える・・・・。 本当に軍人なのだろうか? しかも、一人で、もしかしたら大勢いるかもしれないテロリスト相手に、彼はどう戦うというのだろう? 危険ではないのか?自分達もついて行って共に戦った方が良いのではないか? でも、少佐であると主張する彼の命令と判断を信じるしかない。 この場面で自分が少佐だと主張して得することは何もないのだから、きっと彼の言葉は真実なのであろう。 それに、突然の事態にも全く動じていなかったように見える彼ならば、何か策があるのだろう。 それにしても・・・・動転していたので直ぐに反応できなかったが、立ち去った少年の姿を反芻するうちに、しかつめらしい顔をしていた筈の彼の顔が火照ってきた。 少女かと見紛うほどに整った綺麗な顔を縁取るのは、煌めく長い金の髪。目映い黄金の髪に負けない位キラキラと光を反射する琥珀色の瞳。そんな、滅多に見られない豪奢な色彩に一層花を添えていた、フラメルのマークが描かれた真っ赤なコート。 これ以上ないくらい目立つその姿に思考を奪われる。 エドワード・エルリック少佐。 錬金術師でもあるといっていたが、まさか国家錬金術師? イヤイヤイヤ。そんなわけはないだろう。あまりにも若すぎる。 もしかして見た目以上に年齢が上なのだろうか? う〜ん・・・・・。 どちらにしても、彼の名と姿は生涯忘れないだろうということだけは確信した。 「全員、奥に退避するぞっ!」 無理矢理衝撃から立ち直った少尉である彼は、その場にいる他の軍人達へと直ぐさま指示を出す。 エルリック少佐に与えられた好機を逃すべきではない。 彼が今すべきことは民間人である彼らの安全を確保することだった。 「しっかし、あちこちよくもまあこれだけの爆弾を仕掛けたもんだな。一体何人で入り込んできたんだ?ったく、こうなると一般開放されてる施設のセキュリティもある程度必要なのかね?面倒くせぇけど・・・・」 それぞれの分館が一同に見渡せるようになっている、広大な中央広場を目指して走るエドワードの耳に聞こえてくるのは、第四分館以外からの爆音。 微かだが確かに聞こえる。 第四分館だけでも五発の爆弾が仕掛けられていた。 一般市民が気軽に入れる分館は多くはないが、それでも当然、他の分館でもある程度の爆破があったと考えていいだろう。 思わずギリッと唇を噛む。 怪我人が多数出ているかもしれない。いや、ヘタしたら死者が出ている可能性だって否定できない。 テロリストの目的は何だ?図書館を狙って何がしたい? これだけの規模の施設でテロを起したって、成功する確率は限りなくゼロに近い。 何せ戦う相手は市民ではなく訓練された軍人なのだから。 何にせよ、考えるのは後だ。まずは現状の確認と犯人達の確保が先決だ。 ようやく辿り着いた中央広場では、エドワードが思ったとおり、他の分館からも幾つか煙が上がっているのが確認できた。 だが、他の建物の中から出て来た者は未だいないらしく、広大な広場に居るのはエドワードとテロリスト達だけだった。 そう、案の定テロリストと覚しき武装集団が、そこにはいた。 その数、凡そ五十。 随分と大勢で乗り込んできたらしい。 テロリスト達はそれぞれの分館の入口へ向けて、背中合わせに円を描くように布陣を敷いていた。油断無く目を光らせている彼らは、いつでも発射できるように銃を構えている。 好都合。 思わずニヤリと笑みを浮かべたエドワードの表情は、それは美しくも獰猛な肉食獣のように凶悪だった。 どんなに数が多かろうと問題ではない。 これだけの広さと材料が揃った場所に、敵は一塊になって突っ立っているのだ。 負ける気がしない。 一瞬後、エドワードの存在に気が付いたテロリスト達の一部が、一斉に銃を放った。 パシィーーーンッ! その音が、激しく両手を打ったものだと彼らに理解できただろうか? いや、分かるわけもない。 音が耳に届くよりも前に、彼らの目の前には巨大な壁が出現していたのだから。 テロリスト達が撃った弾は、鋼のように固い壁に当たり、自分達の元へと跳ね返ってきた。 途端に上がる悲鳴に同情などしない。 瞬きの速さで五十人ものテロリスト達を捕らえたエドワードは、畳み掛けるように走り寄り、囲った壁をドンドンと狭めていき、テロリスト達を身動きできないように追い詰める。 十メートル以上高さのある巨大な壁に取り囲まれた上に、それがもの凄い速さで自分達の方へと迫ってくるのだ。狭い円の中で逃げまどうテロリスト達が感じたその恐怖たるや、想像に難くない。 今の今まで自分達の優位を信じて疑いもしなかった彼らの顔から笑顔が消え、変わりに現れたのは恐怖に歪んだ情けない顔だった。 最初に直径三十メートル程だった壁が僅か二メートル程にまで狭まった時、中に閉じこめられたテロリスト達はギュウギュウ詰めにされた家畜よりも惨めな有様だった。 爪先立ちでどうにかこうにか立っている状態で、持っていた武器は既に何役にも立たず、寧ろ下を向いた銃には暴発の恐れさえあり、彼らの恐怖を更に煽っていた。 これ以上円が小さくなったら押しつぶされて死んでしまう。そう彼らが思ったとき、壁の動きがピタッと止まり、次いで、凛と澄んだ若い少年の、些か乱暴な声が上から聞こえてきた。 「よーし!お前ら動くんじゃねぇぞっ!って、動けないだろうけどな。これ以上潰されたくなかったらお前達の目的を答えろっ!」 彼らの遙か頭上に現れたその姿は、太陽の光を背負い、黒い巨大な影にしか見えない。 真っ黒なその姿はさながら死神のようで、今体験した事態を招いたのが彼だとするならば、勝ち目は全くと言っていいほど無いように思えた。 それでも、何人かのテロリストが最後の勇気を振り絞り、上空を向いていた数本の銃で、影に向けて発砲した。当然、当たるはずもなかったが、その行為が更に彼らの自由を奪うことになった。 「おっ、まだ抵抗するか。そうか、んじゃ俺も容赦しないぜ」 そう言いながらパンと手を合わせた影が、彼の足下の壁に触れた。 その途端、テロリスト達の足下から溶けたコンクリートが這い上がって来て、彼らの足、胴体、胸、腕へと絡みつき、首まで達したところで固まった。 またもや一瞬の出来事だった。 この信じられない事態に、今度こそ恐怖の悲鳴を上げて気絶する者が出た。 流石のテロリストも、生きたままコンクリート漬けにされて殺されるのかと思ったら正気ではいられなくなったのだろう。気持ちは分かる。 最早、空気に触れているのは頭のみとなったテロリスト達に勝機は無い。 彼らは敗北を認めた。 それは、最初の発砲から僅か二分後の出来事だった。 |
「Memories of blue」第四話です。
三話から五ヶ月も経ってしまいました。
お待たせしてしまってすみません(>_<)
さて、ようやくエドを出せました!(笑)
が、あんまり将軍の時のエドと違いがないですね;;;
彼が成長してないのか、あたしの書き分けが出来ていないのか・・・・ガックリ!
今回はロイの出番が無かったですね〜。
次は少し出るかな?
兎にも角にも、もう少し続きます!
相変わらず、オリキャラ登場に捏造設定、ご容赦下さい;;;
2009/11/22