「初めて見る顔だな。転入生か。名前は?」 格闘技場に一糸乱れず整列した生徒達の顔を、一人一人見ていたグラン准将の視線が ある一点で止まり、その素性を尋ねる。 その、静かだが、どこか威圧感のある声音は、聞く者に少なからず緊張を強いるものであったのだが、問われた当の人物は怯む様子もなく落ち着いた声で答えた。 「エドワード・ロックベル。イーストシティから転入してきました」 大抵の生徒が、初対面の時には恐ろしさの余り緊張してしまい、ろくな受け答えが出来ないのが常の、厳い顔のグラン准将に対して、全く臆することなく相対するエドワード。 当たり前だ。この2人は旧知の間柄で、普段はエドワードの方が立場は上なのだから。 しかし、そんなことは知る由もない生徒達は、その勇気に感動していた。 さすがはエドワード。 どこか普通の生徒とは度胸や器が違う、と。 たかが挨拶一つでここまで感心するのもどうかとは思うが、グラン准将を一度でも目にした者ならば、その気持ちが理解できるだろう。 それくらい迫力があるのだ。彼の准将は。 何しろ、190センチに迫る長身と、その長身に見合う程厚みのある胸板と広い肩幅。 太い首の上に乗っかっているスキンヘッドは、クスリとでも笑おうものならば殺されそうで怖い。 その迫力のある厳い顔には、右頬から鼻を通り左頬までを真一文字に横切る古い傷跡が見え、それだけでも相当怖いのに、更に煽るかのように、太い口髭が両耳に達するほど鋭角的な角度をつけて伸ばされている。 おまけに、この准将は軍隊格闘の達人であり、更には鉄血の銘を持つ錬金術師でもあるのだ。 怖くないわけがない。 やっぱりエドワードは凄い。 そんな、見るだけでも怖いグラン准将が、エドワードを見て何やら複雑な表情を浮かべていた。 その、口の端を心なしかひくつかせた、笑いたいのか怒りたいのか分からないような、何ともいえない顔がまた凄く怖い。 一体どうしたというのだろう・・・。 特に変な事をエドワードが言ったとは思えないのだが・・・。 生徒達が首を捻って悩んでいる間に、複雑な表情を引っ込めたグラン准将は何故かニヤリと笑った。 「・・・イーストシティから転入か。珍しいな。まあいい。まずは実力を見るために俺と手合わせだ」 エドワードの片眉がほんの少しだけ引き上げられる。 何か思うところがありそうな仕草だったが、実際にはその口からは何も紡がれることなく、 成り行きに任せることにしたようだった。 ええっーーーー!!! 落ち着いた様子のエドワードに反して、いきなりの准将の爆弾発言に、生徒達は度肝を抜かれる。 まさか最初の授業で准将の洗礼を受けることになるとは・・・。 誰もがいつかは受けなければならない試練ではあったが、初っ端から准将が出てくるとは異例である。 どうも今日の准将はいつもとは違う。 一体何があったのだろう・・・。 先程から感じる少しの違和感に、生徒達はどこか落ち着かない気分になる。 そんな彼らの困惑を余所に、グラン准将とエドワードの為の手合わせの準備が進められる。 とはいえ、ただ、2人の人間が自由に動き回れる空間を作るだけだったのだが。 「では、始めっ!」 一瞬だけ感じた凄まじいとさえいえる殺気に背筋が凍ったが、次の瞬間には、気のせいだったのかと思うほど見事に、その殺気は霧散していた。 そして、デニー・ブロッシュ軍曹の掛け声と共に、2人の対戦は始まった。 俄に闘技場内に響く組み手の音は、辺りを震わせるほど激しいもので、総勢50名の生徒達が息を飲んでその光景を見つめていた。 最初にグラン准将が繰り出した拳を、エドワードが左肘でかわし、准将の開いた懐に右ストレートを叩き込んだときには、生徒達の口からおおっという歓声が上がったが、エドワードの反撃はそこで終わり、僅か5手程の攻防の後、左側頭部に蹴りを入れられ、地に倒れていたのはエドワードだった。 目にも止まらない早業と、エドワードの綺麗な顔というか頭に蹴りを入れることの出来るグラン准将に、生徒達は身震いする。 さすがは軍隊格闘の達人、生徒相手とはいえ容赦が無い。 それにしても僅かに5手とは・・・・。いや、本来ならば5手でも凄いとは思う。 グラン准将は桁外れに強く、今までにも生徒達はあっという間もなく倒されていたのだから。 それでも、中には准将相手に善戦する者も多少はいたのだ。 普段のエドワードを見ている生徒達は、当然、エドワードもその数少ない者達の中に入ると思っていた。 それなのに・・・。 そういえば、射撃の訓練でもエドワードは群を抜いて最低の成績を取っていた。 頭は良くても運動神経は今一つなのだろうか? エドワードを万能だと思っていた生徒達にとっては、何とも意外な事だった。 「伸びちまったか。ふん、情けない。医務室へ連れて行けブロッシュ軍曹」 「はっ」 「いや、やはり俺が連れて行こう」 「えっ、良いですよ。俺が行きます」 「俺が行く。お前は今日の訓練を進めておけ」 「・・・了解しました」 先程からの、予定とは違う成り行きに困惑しながらも、上官の言うことには逆らえないのが軍人の辛いところだ。 その相手がグラン准将なら尚更逆らえないというものだろう。 エルリック少将、申し訳ありません。 伝わらないのは承知で、胸中で謝罪するブロッシュ軍曹だった。 役割分担が決定した両名は、それぞれが自分の役目へと行動を移す。 ブロッシュ軍曹は呆然と立ちつくす生徒達を促し、訓練の開始を告げるべく歩を進め、 グラン准将は地面に伸びたままのエドワードをひょいっと拾って肩に担ぎ、歩き出す。 まるで猫の子を持ち上げるかのような無造作な仕草に、微かにどよめきが起こる。 細身とはいえ、成人男性であるエドワードをああも軽々と持ち上げてしまうとは。 流石グラン准将である。 規格外の怪力に最早呆れるしかない生徒達であった。 「おい、おっさん。約束が違うじゃねぇかよ」 「どこが?きちんとお前さんを伸してやったし、こうして医務室に運んでやってもいるだろうが」 「俺は、ブロッシュ軍曹と手合わせさせてくれって言ったんだ。おまけにオッサンに医務室に運ぶのを手伝ってくれなんて一言も言ってねぇ!」 「そうだったか?お前が俺に敬語なんて使うから気持ち悪くてなぁ。打ち合わせてたことなんてすっかりぶっ飛んじまったんだ。まあいいじゃないか。大体は予定通りだろ?それに、ぶっ倒れてる生徒を放ってはおけないだろう?」 「何をぬけぬけと。生徒が教官に敬語を使うのは当然だろうが。俺は変な態度を取って目立ちたくないんだ。しかも一般の生徒相手の組み手で本気で掛かってくる馬鹿が何処にいるんだよ!お陰で、一瞬マジで相手しそうになっちまったじゃないかよっ!」 「だから直ぐに殺気を引っ込めただろうが。グダグダと文句を言うな。喧しい。しかもお前が目立ちたくないとか訳分からんことをほざくな。居るだけで悪目立ちするくせに」 「なっ、あーっマジでムカつくっっ!しかも何だよ、この格好は!恥ずかしいから止めろっ!」 「仕方なかろう?お前は気絶してるんだから。運ぶにはこれしかないだろうが」 「何度も言わせるなよ。俺は、ブロッシュ軍曹に相手して貰って、適当にどこか怪我でもして、一人で医務室に行きたいから協力してくれって言ったんだっ。忘れたとは言わせないからなっ」 「生憎と、年のせいか最近物忘れが酷くてなぁ。さっきも言っただろう?」 「ふざけんじゃねぇー!都合の良いときだけ年寄りぶりやがってっ!」 「おい、煩いぞ。いい加減黙っておけ。授業中で人気がないとはいえ、お前は意識がない筈なんだからな」 「・・・・・・・・・・煩いぞクソ爺(怒)」 方や、人一人を肩に背負いながら息も乱さずに歩く巨漢。 方や、その巨漢に、荷物よろしく分厚い肩に乗っけられ、光を弾く金髪としなやかな手足をブラブラとさせながら運ばれている、実は30歳である少将閣下。 こんな状況で、2人は周囲には僅かも漏らさないように、お互いにしか聞こえないような声で言い争いをしていた。 なんとも器用である。 それにしても笑えない・・・。 もし、この2人の正体を正確に知っている人物が見たら怖すぎて目を反らしてしまうだろう。 事実、ブロッシュ軍曹は、己は何も見なかったと言い聞かせながら2人の後ろ姿を脳裏から消し去った。 担がれているという屈辱的な状況のせいでもないだろうが。 今回の言い争いの軍配は、珍しくも無いがグラン准将へと上がった。 そう。状況の如何に関係なく、こんな事は珍しくもなかった。 何故か昔からこの強面の准将には口で勝てないエドワードなのだった。 これは本当に珍しいことである。 何しろ、大総統でさえも言い負かしてしまうエドワードなのだから、その貴重さは知れるというものだ。 まるきりの子供扱いに手も足も出なくなってしまうのだ。 何故だろう? 予てからの疑問に今日も頭を悩ますエドワードであった。 「失礼するぞ」 凹まされたエドワードが怒りの矛先を持て余している間に、目的の医務室へと着いたようだ。 ノックをしながら声を掛けたグラン准将は、室内からの返事も待たずに扉を開けた。 「校内に取り付けた盗聴器から何か不審な動きは掴めたか?フュリー曹長」 「いえ、事件と関係のありそうな会話や動きは見られません」 「そうか」 内部犯を疑っているエドワード達は、教官達の素性を徹底的に洗った。 常勤の教官達の多くは勤続10年以上のベテランで、今まで何の問題も起こしたことなど無く、校長から提出して貰った身上調査報告書の内容にも文句の付けようがない者ばかりだった。 また、非常勤講師の中でも年毎に入れ替わるような者達は、事件の継続性を考えると排除することが出来た。 これだけで捜査対象を約3割まで減らすことが出来たのだが、問題は、残りの30名ほどの教官達であった。 彼らの全てがここ3〜4年の間に赴任してきた教官や講師達であり、一見問題がないように見える経歴書にも僅かだが空白の期間があったり、校長から貰った身上調査報告書にも、彼らの性格や指導内容に対する不信感などが透けて見えている箇所が数カ所見受けられた。 そこで、エドワード達はまずこの30名に捜査を絞り、空白の期間を虱潰しに埋めていった。 その結果、更に10名の者達が排除され、残りが20名になったところで、後は実際に確認しなくては判断が出来ないと考え、潜入捜査を決断したのだった。 エドワードが校内に設置した盗聴器は全部で20個。 主に特別授業に使う教室や、捜査対象になっている教官達が個別に使っている準備室などである。 普段は人気が無く、悪さをするには最適だろうと思われる箇所に絞っての設置だったが、 今のところその何処にも不審な動きは見られないようだ。 そうなると、また新たな箇所への設置を考えなくてはならない。 確かに、怪しそうだが設置できなかった箇所が、後数カ所あるにはある。 だが、それらの場所は常に人の出入りがあり、理由もなくエドワードが気楽に入室出来るような場所では無かったのだ。 まあ、やろうと思えば出来ないことでもないのだが、慎重に事を運ぶためにはそれなりの手順を踏まないと危険だろうと判断したのだ。 協力者が必要だった。 幸い、非常勤講師の中に、これ以上ないくらいうってつけの相手が居たので、思わずエドワードはニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。 頼むぜ、オッサン。 「分かった。明日、目星を付けた場所に何カ所か仕掛けてくるから、また新たに情報収集してくれ。その代わり、此所と此所と、此所。それにこの場所の傍受は中止していい。仕掛けた盗聴器もそのうち回収するから」 エドワードは、校内見取り図を広げながら不要になったところを告げ、続いて、新たに盗聴器を設置する予定の場所をフュリー曹長に指し示した。 そこは、校舎の外にある講師達が使う控室が5カ所と、宿直室、医務室の7カ所だった。 「了解しました」 明日になればハボックが新たな情報を持って帰ってくるだろう。 校内での捜査対象への包囲網も狭めることが出来た。 過去に類似の事件が起きていないか調べていたファルマン准尉からも何か報告がありそうだった。 潜入を開始してから明日で7日目。 いよいよ大きく事態が動く条件が揃いだした。 |
またもや間が空いてしまってすみません(>_<)
毎回毎回謝ってるので、もういい加減誰も寛大な気持ちでは
聞いて下さらないでしょうね・・・・。
本当にすみません;;;
今回は前回に引き続きグラン准将が出張ってますv
身長やら話し方やら殆どが想像の産物なので、
その辺はスルーして頂けると嬉しいです(笑)
まだ続きます〜v
2010/02/13