小石が水面に作る波紋のようにゆっくりと。
だが、確実にその不安は生徒達の間に広がっていた。
もしかしたら次は自分なのではないだろうか。いや、そんな事がある筈がない。
・・・・・・でも。








セントラル中央士官学校。
生徒数750名を誇る国随一の士官学校である。
5年間の教育を経て卒業する生徒達の95%が、そのまま軍人となる。
人数で言えば7〜8名の、残り5%の生徒達はどうなるのか。


一番多い理由が、単純に適正が無く卒業できないのである。
その次に多いのが、特に女子生徒に顕著なのだが、卒業と同時に結婚し家庭に入るというものである。結婚してしまうのなら何故5年間もの軍人教育を受けるのかと疑問に思う者も多いだろうが、これは特に珍しいことではなかった。
アメストリスは軍事国家であり、軍人が国家の中枢を担っている。
つまり、軍人としての資質と資格を持っていれば、予備役として待機しつつ、いざという時には再カリキュラムを受けるだけで復員することが出来るからだ。
復員するには年齢制限はあるが、それでも将来の生活をある程度確保する事が出来る。


これらの生徒を抜かすと、軍人としての適正が無く退学していく生徒は、僅かに4〜5名ということになる。
彼らの多くは卒業年次を待たずして自主退学する者が殆どであり、卒業直前まで残っている生徒は稀である。
ただ、軍人としての適正の有無が自他共に判明するのが、殆どの場合後半の2年間に集中するという事実があるので、それまでの3年間を無駄にしたくないと、少ない希望に縋る者も多い。
その気持ちも分かる。だが、教官の指摘に逆らい、最後まで居座った者で、見事軍人になった者は皆無である。





その、750名の生徒達を指導する教官の数、凡そ100名。
各クラスに1名の担当指導教官が。その下に補佐役の副教官が2クラスに1名付く。
つまり、5学年6クラスで48名の教官が居り、アメストリの歴史や文化、軍の組織構造や外国語の授業等を担当し、残りの50名が、サバイバル訓練や射撃訓練等の専門的な授業を受け持っている。前者の教官達は常勤であり、彼らは士官学校以外の異動は無いが、後者の教官達は非常勤であり、現役の軍人が担当することもあれば、退役した軍人に白羽の矢が立つ事もあり、その顔ぶれは頻繁に入れ替わっているのが特徴である。


2クラス合同で行われる格闘の授業。そこに非常勤講師として招かれているのは、彼の有名な錬金術師でもあるバスク・グラン准将である。
グラン准将は軍隊格闘の達人であり、その強さは軍の中でも群を抜いており、彼と対等に戦える者は数えるほどだと言われている。
そのグラン准将がこの授業を受け持つようになってから約1年。
忙しい軍務の合間を縫いつつ、急な任務が入らない限りは1回2時間という授業を週に1回こなしている。
4・5年生併せて6クラスのローテーションで行われるため、生徒達は3週に1度しか授業を受けることが出来ないのだが、その過酷な授業内容に恐れを為している生徒達にとっては、歓迎すべき事なのかもしれない。









「――っ・・っ・・・!!!」


准将の助手として毎回訪れているセントラル中央士官学校。
授業前の休み時間。生徒達は更衣室で着替えているだろうその時間。訓練場の脇に備えられている教官専用の控室にデニー・ブロッシュ軍曹は居た。
普段は訪れる者など無い控室にノックの音が響いたのは、准将と2人で訓練内容の最終確認をしていた時だった。
誰だろうと思いつつ歩み寄り扉を開いた。


そして、何の気なしに開けた扉から現れた想像だにしなかった人物に、ブロッシュは目が飛び出るほど驚愕し、思わず口から出た叫びが声になる前に喉の奥で潰れた。
えっ?どういう事だ?何でこんな所にこの人が居るんだ?今まで彼がこの士官学校で指導教官として勤務しているなんて話は聞いたことないぞ。
しかも改めてよく見ると、彼の人はどういう訳か生徒用の訓練着を身につけている。
何故???


「どうかしたのか?ブロッシュ軍曹」


いつまでも扉の前に突っ立たまま動きのない部下を不審に思い、グラン准将が声を掛ける。
そうして振り返った先で見たものに、准将の瞳が一瞬だけ見開かれる。


「こんな所で何をしている。エドワード・エルリック少将」

「おっす!久しぶりだな、グラン准将」

「何を呑気な。良いから早く中に入れ」

「おう、流石に話が早いな。じゃ、ちょっと邪魔するぜ。ブロッシュ軍曹、通して貰っても良いか?」

「もっ、勿論であります!失礼しました。エルリック少将」

「良いって。気にすんな」


突然現れた自分が悪いとは微塵も思っていないエドワードは、やけに恩着せがましく、ブロッシュ軍曹に対して寛大さを披露する。
そんな会話を交わしたことで、扉の前で微動だにしなかったブロッシュもようやく我に返った。
思わず目を奪われてしまうしなやかな動きで自分の横を通り、金色の光の軌跡を描きながら部屋の奥へと歩く将軍を知らず目で追いながら、再び同じ疑問が頭に浮かんだ。
何でこの人がこんな所に生徒の格好をして存在しているんだ?と。


そんなブロッシュの疑問は、直ぐに解消されることとなる。
だが、その訳を知って更に驚愕し、頭が痛くなったのは彼にとって実に不幸な出来事であった。


「それで、何のようだ」

「おう。ちょっと頼みたいことがあってさ。協力してほしいんだ」

「貴様の頼みなど碌な事がないから出来ればご免被りたいところだが。勿論断らせてはくれんのだろうな」

「分かってんなら一々嫌味言うなよ。相変わらずだな、このおっさんは」


准将と少将とはとても思えない砕けすぎた会話に、ブロッシュは目を白黒させる。
年齢で言えば、グラン准将はエルリック少将よりも20歳近く年上なので、砕けた口調で話すのは不思議ではない。だが、その階級が示しているように、年下のエルリック少将の方が階級は上だ。少将が年下とはいえ、本来ならばグラン准将は敬語で接しなければならない相手の筈だ。
一体どういう事なのだろう?
ブロッシュの疑問も尤もだが、その疑問に答えてくれる者はここにはいない。
まさか正面切って目の前の上官に質問できるわけもなく、この時のブロッシュはただただ呆然としているしか無かったのだった。
後日、偶然出会ったアームストロング少佐から聞いたところ、その疑問は解消されたが、だからといって素直に納得できる理由でもなかった。軍人としてそれが許されるのだろうかと?


エルリック少将とグラン准将は、イシュバール内乱時に東部で出会ったそうだ。
その時エルリック少将は若干17歳で、階級は少佐。それまでの放浪生活に終止符を打ち、軍へと正式に入隊した頃のことだった。
対するグラン准将は当時30代後半で階級は中佐。但し、イシュバールの内乱終息後直ぐに大佐へと昇進した。同時期、エルリック少将も少佐から中佐へと昇進したため、2人の階級差は1つ。1つとはいえ、軍での地位は雲泥の差である。当然ながら年下で階級の低いエルリック中佐は上官であるグラン大佐に敬語でもって接するべきだが、そこが流石である。
グラン准将のみならず、未だ曾てエルリック少将が敬語で相対する相手は軍内部には皆無だそうである。
故に、エルリック少将はグラン准将にタメ口をきき、それを特に不快にも思わないグラン准将も当時のままの口調を変えること無く接しているとのことだった。
恐らく、グラン准将はエルリック少将を気に入っているのだろう。そうでなければ幾ら何でもこんな関係は有り得ない。
まあ、お互いが納得しているのならば問題は無いのだろうが、端で聞いている者にとっては実に心臓に悪い光景ではある。






























「誰も帰宅途中に寄り道をしない?」

「そうなんっす。自宅通学者は女子生徒が4名、男子生徒が2名。全員が車で送迎されてんですけど、この6日間誰1人として直帰しない者はいないんっす」

「ふーん」

「どういう事っすかね?過去の被害者全員が自宅通学者だったのは偶然だったんすかね?」

「いや、そんな筈はないだろ。何か理由があって自宅通学者が狙われたと考える方が自然だよな」

「と、なるとどういう事っすか?」

「3人目の被害者レオニー・ハーミット以外は当時の運転手と連絡が付かなくて、帰宅途中の寄り道の確認が取れていないんだったよな」

「そうっす」

「彼らと連絡が取れない理由は?」

「被害者家族が解雇した後の連絡先を教えてくれないからっすね。でも、これから報告しようと思ってたんすけど、ようやく今日になって2人とも所在が掴めましたんで、明日にでもちょっと行って確認してきますよ」

「何処にいた?」

「1人は南部のダブリス郊外の田舎町で、もう1人もやはり南部のサウスシティに住んでるそうっす。偶々でしょうけど2人とも離れたところに住んでなくて助かりましたよ。何とか日帰りできるとは思いますけど、駄目でも電話入れるんで、明日には正確なところを報告できると思いますよ」

「だと良いけどな。もしかすると被害者家族から口止めされてる可能性があるから、聞き出すのは難しいかもしれないぞ、ハボック」

「どういう事っすか?」

「つまり、2人の運転手は事件後、被害者家族から解雇する代わりに口止め料を貰い、セントラルを離れたからかもしれないということだ。薬物で死んだ娘の名誉を守るためですね?」


ハボックの報告を一緒に聞いていたロイがそう言うと、エドワードが頷いた。


「恐らく。それ以外の理由もあるとは思うけどな」

「それ以外って?」

「嫌な話だけど、被害にあったのは何れも良家の子女だろ。その娘が尋常じゃない死に方をしたんだ。噂にならないはずがない。それを必要以上に広められて家格に傷が付くのを良しとしなかったのは容易く想像できる。つまり、娘の名誉や死因を突き詰めるよりも、家の名誉を守る方が大事だったかもしれないってことだ」

「嫌な話っすね。でも、そうかもしれません。3人目のレオニー・ハーミットの家族は凄く協力的でいろんな事を話してくれるんっすけど、最初の被害者マリーア・フォン・シュナイダーと2人目の被害者サビーネ・グートシュタインの家族は非協力的で、中々話をしてくれないんす。娘が不審な死に方をしたってのに真相を解明するために協力しないなんて。それって将軍の言うとおりだからかもしれないっすね」

「そうだな」

「とにかく!俺は明日朝イチで南部に行って聞き込みをしてきます。絶対に収穫を持って帰ってきますよ」

「おう!頼んだぞ、ハボック少尉」

「了解っすっ!」

















 





ようやく更新したと思ったらまたもや捏造ですよ;;;
だってグラン准将殺しちゃうのって勿体ないですよね?
私の中の設定ではイシュバール殲滅戦は回避されているので、救済しちゃいましたv
オリキャラ満載&捏造満載というやりたい放題の話になってしまってすみません(>_<)
恐らくこのままの路線で進んでいくと思いますので、どうかお許し下さいね;;;
話はまだ続きますので、もう少しお付き合い下さいv
ではではv


2009/10/11
2010/11/09一部訂正