「あら、珍しいですね、グラン准将が医務室にいらっしゃるなんて」 突然現れたグラン准将に臆すことなく話しかけるのは、医務室の業務を二交代で担当している軍医の一人、アルマ・ブリーゲルだった。 美人ではないが、愛嬌のある優しげな顔と、穏やかな話し方で生徒達の人気を集めている。 もう一人の軍医であるマリオン・フォルトナーは、どこか優柔不断な印象のある大人しい青年だが、今日は非番のようだ。 「そうか?」 「ええ。私の記憶では初めてですよ」 「お前さんが非番の時には来たことあるんだがな。まあ、それはどうでもいい。どうやら脳震盪を起こしたらしいんで、少しの間こいつを寝かせといてくれないか」 「男子生徒ですか?」 グラン准将の肩に担がれたままのその生徒は、長い手足をダランと垂らしたままで微動だにしない。准将の動きに合わせて揺れる細い体や、光を弾くしなやかな金の髪を見ていると一見女生徒のように見えるが、仮にも女生徒ならば、いくら無骨なグラン准将でも肩から無造作に担いだりはしないだろう。 それにしても、こんな生徒が居ただろうか? 「ああ。最近イーストシティから転入してきたエドワード・ロックベルだ」 「ああ。噂では聞いていました。この子がそうなんですか。聞いた話ではかなり優秀な生徒らしいですね」 「俺も今日会ったばかりなんでな。詳しくは知らん」 「そうですか。では、それは置いておいて。准将。頭を打ったのならばそんな風にブラブラと揺らしては駄目ですよ。ご存じでしょう?」 「手加減して蹴ったから大丈夫だ。単に軟弱なだけだろう」 「准将が相手をしたんですか?」 続き部屋のベッドを整えていたブリーゲル軍医が、少なからず驚いた顔をして、傍らに立つグラン准将を振り返る。 どうしてそんな事になったのだろう? 普通に考えても、こんなに細い生徒が、男子とはいえ、巨漢といって憚らないグラン准将の相手になるわけがないのに。 こうなると、手加減したというのも怪しいものだ。 ブリーゲル軍医はグラン准将の言葉を聞き流し、准将の、意外にも柔らかな仕草でベッドへと寝かされたエドワードの様子を慎重に伺う。 寝にくいだろうと、結わかれていた髪を解き、枕へと流す。 小さな顔を縁取る、優美な光を放って煌めく金の髪と、真っ白なシーツとのコントラストが目に眩しい。 改めて思う。本当に男だろうか? 固く閉ざされた瞳は深い眠りに落ちているようにも見えるが、特に苦しそうな表情もなく、血色も悪くない。この分なら何の心配もないだろう。 後は、自然と目が覚めるのを待っていればいい。 「大丈夫のようですね」 「そうだろうとも」 ホッとしたようなブリーゲル軍医に対し、グラン准将は少しだけ皮肉気な声で応える。 内心では、ピクリとも動かないエドワードを見て、こいつホントに寝てるんじゃないかと疑っているのは間違いない。 何といっても、この将軍閣下(真剣に笑える)は、いつでもどこででも寝られるのが特技なのだから。 「では、目覚めるまでお預かりします。意識が戻ったら准将にお知らせした方がよろしいですか?」 「いや、それには及ばん。担任には俺が知らせておくから、本人が自分で歩けるようなら、俺の所まで来る様に言ってくれ」 「分かりました」 「では、よろしく頼む」 「了解です」 隣室で寝ているエドワードを気遣い、小声で話す2人だったが、その配慮は全く無用だった。 扉が閉められたのを確かめたエドワードは、直ぐさま瞳を開き、音もなくベッドからすべり出た。 エドワードが寝かされた部屋は、3つのベッドとそれを仕切るカーテンがあり、その他には小さな飾り棚とテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。 怪我をした生徒や具合の悪い生徒を一時的に休ませるための場所なのだろう。 その部屋の一番奥に、グラン准将達の居る部屋とは別の、もう一つの部屋へと続く扉があった。 予め図面で確認していたエドワードは、迷いなく、少しの足音も気配も立てることなく扉へと近づき、開く。 そこは、一面空色の部屋だった。 床や天井、壁は勿論のこと、テーブルやソファ、椅子までもが全て空色を基調としたグラデーションで整えられており、入った瞬間には驚くものの、暫くするとその心地よさに心が落ち着く。 そんな空間だった。 窓もないのに窮屈な感じは一切無く、段々とリラックスしていく。 いつまでもその心地よさに浸りたくなる。 この部屋はカウンセリングルームだった。 軍医達はカウンセラーも兼ねており、怪我人以外にも心のケアもしていた。 自ら望んだ事とはいえ、軍という特殊な環境に馴染めず、心を病む生徒も少なくないのだろう。 エドワードは室内を見回した後、ゆったりとした2人掛け用のソファに近付くと、胸ポケットから小さな金属の固まりを取り出した。 そして、その金属を手にしたまま軽く両掌を合わせると、そのまま左側の肘掛けに手を掛ける。 次の瞬間、微かな錬成音と錬成光が立ち上った。 それは本当に僅かな音と光であり、錬金術を少しでも知る者ならば、驚くべき静けさと短さだった。 ソファから手を離したエドワードの掌には、先程の金属は見あたらない。 錬成でソファの中へと埋め込んだのだろう。 そう、先程の金属は盗聴器だったのだ。 しかも、一見したときは只の金属の固まりであり、万が一発見されても、誰にもそれが盗聴器だとは分からないようにしてあった。 エドワードが錬成して初めて、盗聴器へと姿を変えるようにしていたのだ。 勿論、触って直ぐに異変に気が付かれては元も子もない。 触っても気付かれず、且つ、鮮明な声が聞こえる様に設置しなければならない。 金属や鉱物の錬成に卓越したエドワードならではの技である。 勿論、全ての場所でこの様な錬成をしているわけではない。 通常は、換気口や椅子の裏など、短期間であれば、滅多に人の手が入らないだろう場所には、そのまま置いておいたり、くっつけたりしているだけの所の方が圧倒的に多い。 手の込んだ真似をしなければならないのは、複数の人物が入れ替わり立ち替わり入ってくるような場所だけだ。 思い掛けない行動を取る人物によって発見されてしまっては、潜入捜査自体が危険に晒されてしまう。 目的を達したエドワードは元のベッドへと戻り、まるで何事もなかったかのように瞳を閉じる。 澄ました耳には隣室からの話し声が微かに聞こえてくる。 別にグラン准将が長話をしていたわけではない。 それだけ、エドワードの行動が素早かったということだ。 ダラダラすることも天下一品ながら、猫よりも素早く動くことが出来るのもエドワードの特徴の一つだった。 一時間後。 目を覚ましたエドワードは、ブリーゲル軍医に礼を言うと、ノートに記帳して退室した。 にこやかな笑顔で送り出してくれたブリーゲル軍医は、どこか眩しそうな顔でエドワードを見つめていた。 誰もが見惚れるエドワードの容姿はここでもその威力を発揮していた。 絡みつく視線を受け流し、エドワードはグラン准将の元へと向かった。 腹は立つが、首尾を確かめなくてはならない。 グラン准将には、宿直室への盗聴器の設置を頼んでいたのだ。 「それで、何か報告があるんだろう。ファルマン准尉」 「はい、将軍」 「何が分かった?」 「今回の被害者である少女達と似た状況で遺体が発見された事例が、過去5年間に4件ほど確認できました」 「4件も?」 「はい。発見された遺体からは、何れも今回の事件と同様の薬物反応がありました。しかも、この中には軍関係者も含まれていました」 「軍人が?」 「そうです。被害者4名のうち1名が軍人で、彼は憲兵司令部のヘンリ・ダグラス大佐の部下だったヴィリー・コーエン准尉でした」 「男だったのか?女ではなく?」 「はい。コーエン准尉は2番目の被害者であると思われます」 「そうか・・・」 「但し、現時点での調査はセントラルに限ってのことですので、地方で同様の事件があったかどうかは不明です。もっと広範囲に調べた方がよいですか?」 「いや、それは不要だ。その代わり、コーエン准尉の事件についてもっと詳しく調べてくれ。遺体が発見された状況や、その頃の准尉が取りかかっていた事件や周囲の様子。それと、上官だったダグラス大佐の周辺調査と、可能なら家族の証言も貰ってきてくれ」 「了解しました」 「コーエン准尉以外の被害者の背景はどうだった?」 「残り3名の少女達の年齢は、18歳から22歳までで、全員が憲兵養成学校の生徒でした」 「全員最終学年か?憲兵養成学校なら3年生ということだが」 「仰るとおりです。5年前に1名。4年前に1名。3年前に1名です」 「何とも計画的な犯罪だな。1年に1人ずつか・・・最低だな。ファルマン准尉。こちらの少女達の事件背景と、憲兵養成学校の聞き込みも頼む。人は使っても構わないから、報告は詳細にしてくれ」 「了解です」 「見えてきたな」 「そうですね。被害報告は年に一度。但し、2人目の被害者コーエン准尉はイレギュラーで事件に巻込まれた可能性があります。しかも、被害に遭っているのが、軍関係者及び予備軍ときたら、その元凶が何所にあるのかは容易に調べがつきそうです」 ファルマン准尉の報告を聞いてエドワードが目を閃かせると、それに応えて、ホークアイ中尉が見解を述べる。 ホークアイ中尉の発言に、座を囲んでいた全員が、同意を示すように頷く。 確かに、何かが動き始めていた。 もう直ぐこの事件は解決するだろう。 エドワードが感じている風を、ロイ達も感じ始めた瞬間だった。 |
グラン准将出張りすぎですか;;;
何だか非常に気に入ってしまって、手放せなくなってます(苦笑)
事件の概要が徐々に見えてきて、そろそろ事態は進展しそうですv
悪い頭で創作してますので、あちこちに破綻箇所が見つかると思いますが、
片目を閉じて読み流していただけると嬉しいです(>_<)
なんだか、毎回毎回スルーして下さいとお願いしているような・・・(爆)
2010/03/06