「本日の授業はここまで。次回は各自レポートの発表を行う。資料をまとめておく事」


教官の言葉と共にチャイムが鳴り、授業の終わりを告げた。
来週の事を考えると頭が痛いが、今は授業が終わるのが待ち遠しくてそれどころではなかった。
生徒達の関心は先程転入してきた人物へと向かっていたのだから。
教官の姿が消えると、一斉に立ち上がった生徒達がエドワードの元へと殺到した。
あっという間にエドワードの机の周りには人垣が出来上がり、座っているエドワードの姿が見えなくなってしまった。
そして、誰もかれもが同時にエドワードに向かって怒涛の質問攻撃を始める。
好き勝手に捲し立てられる言葉の波に晒され、誰が何を聞いているのか全く聞き取ることが出来ない。そんな彼らの様子に苦笑しながらエドワードが口を開く。


「頼むから全員一緒に喋るの止めてくんない。何言ってんだか全然分からねェよ」


途端にピタッと話し声が止み、それまで捲し立てていた者達が恥ずかしそうに口を噤む。
本来、彼らは士官候補生として相応しい行動を取ることを要求されており、皆そのように振る舞うことを当然の事として身に付けていた。
士官学校の4年生といえば、殆どの生徒が20歳前後で、通常で考えても大人の振る舞いが出来る年頃だ。
それが、この魅力的な転入性の前ではどうにも調子が狂ってしまうようだった。
そんな自分達の姿を恥じ入り、改めて冷静になって行動を起こしたのは、先程エドワードが話しかけた隣の席の生徒、ウルリック・ヴァイカートだった。


「悪い。これじゃ見世物みたいで気分悪いよな」

「いや、別に気分悪くはないけどビックリした。俺そんなに変わってるか?それとも転入生が珍しいのか?」

「そうだな、転入生は珍しいかも。っていうか初めてじゃないか?」


ウルリックの言葉に皆一様に首を縦に振りつつ同意する。


「そっか、そうだよな。しかも後3週間で春休みって時に普通は転入して来ないわな」


はははと笑いながらエドワードが言うと、それまで緊張していた生徒達も徐々に興奮が治まり、落ち着きを取り戻してくる。
結局、ウルリックの提案により、改めて自己紹介をするところから始めようという事になり、短い休み時間を利用して慌ただしく進められることになった。
当然、最初に自己紹介したのはウルリックで、以降クラス全員25名の自己紹介が終わる頃には、休み時間は残り5分となっていた。
そして、彼らは驚く事になる。



「えっと、お前がウルリック・ヴァイカートで、その隣がカイル・シュミット。そんでハンス・ワーグナーにクラウス・ベルガー、ゾフィー・エッカードに・・・・・・・・・・・・で、間違いない?」


僅か25名とはいえ、決して少なくない人数の名前と顔を一つも違えることなく途切れることなく復唱したエドワードに全員が絶句する。
出来るようで出来ない事だろう。凄いとしか言いようがない。
時季外れの転入生はとんでもない頭脳の持ち主でもあるようだ。そんな認識が彼らの脳裏にインプットされた。


「・・・凄いなロックベル。完璧だよ。間違いない」

「そっか、良かった。これでも人の名前と顔を覚えるのは得意なんだ」


ニッコリ笑ってそんな事をあっさりと言うエドワードに皆の笑顔は引きつる。
そういうレベルの問題だろうか・・・・。
彼らの驚きの余韻が冷めやらぬうちに、次の授業を知らせる鐘が鳴る。
はっと我に返った生徒達は名残惜しそうに各自の席へと戻る。
また次の休み時間を心待ちにしながら。
























「首尾はどうですか?」

「うん?まあ上々じゃないか。ちょっとびっくりされたけどな」

「それはそうでしょうね」

「どういう意味だそれ?」

「いえ、特に深い意味はありません。ただ士官学校で転入生は珍しいので」

「・・・・・・。何か引っ掛かるけど。まあ良いか。取りあえず潜入には成功した。後は付き止めるだけだな」

「気を付けて下さい。敵がどこに潜んでいるのか分からないのですから」

「ああ。生徒達を危険な目に遭わせるわけにいかないからな。精々目立たないように注意するさ」

「・・・・・・・・・・」


上司の言葉に、内心でそれは無理だろうと思いつつ口にしないだけの分別はロイにもある。
と、いうよりは保身の為だといった方が正確だろうか。
周囲に居た他の者達も敢えて口に出さずに沈黙を守る。
我が身が可愛いのは皆同じなのだ。


「とりあえず、明日からは校内の詳しい調査を始める。今日はざっとしか見られなかったからな」

「休み時間の合間をぬっての調査は時間的に大変でしょうから、あまり急いで危険を犯さないで下さいね。とはいえ、少将の事ですからそんな心配は無用でしょうけど」


ロス少尉の気遣いにエドワードは微笑む。


「ありがとな、少尉。出来るだけ放課後の時間に余裕のある時に調べるようにするから大丈夫だよ。それに、クラスメイトが色々と話してくれそうだから、あんまりあちこち動かなくても情報は掴めるかもしれないし」


何気ないエドワードの言葉に、ロイ達は思う。
”もう誑しまくって来たんだな”――――と。
エドワードに魅了された生徒達は我先にと様々な情報をもたらしてくれる事だろう。
つくづく自分達の上司の適材適所人事に感心するロイ達だった。
とはいえ、エドワード自身はそんな効果が発揮されるとは全く考えていなかっただろうが。


セントラル中央司令部のある一室で交わされている会話は、軽そうに聞こえるが実はかなり大掛かりな作戦の経過報告会議だった。
まだ始まったばかりの作戦だが、皆成功を確信している。
なんと言っても自分達の上司が直々に出動しているのだ。失敗などあるわけがない。
部下からの絶大な信頼をかち得ている彼の名はエドワード・エルリック。
若くして少将の地位を与えられた実力者であり、”鋼”の銘を持つ国家錬金術師でもあった。