天上から舞い降りた天使のような姿に魅了された。 だが、その中には悪魔のような牙が隠されていたのだ。 Genaral's game 「本日より本校へ編入となったエドワード・ロックベルだ。彼は非常に優秀な成績で転入試験にパスした。お前たちも負けないよう精進する事だな」 セントラル中央士官学校。 その4年生に当たるクラスに、時季外れの転入生がやって来た。 士官予備軍である生徒達は、セントラル中央士官学校に在籍しているだけあって、押し並べて優秀であり、自分が誰よりも優れているとの自負を少なからず持っている。 その事実を踏まえて考えるに、先の担当教官の転入生紹介は、本来ならば彼らのプライドを傷つけるが如き聞き捨てならない台詞である事は間違いない。 だが、教官の隣に立つ、スラリとした人物に視線を向けたまま固まってしまった彼らには、先の説明など全く耳に入っていなかっただろう。 窓から差し込む日差しに映えるは黄金。 後ろの高い位置で一つに括られたその黄金の髪は真っ直ぐで、彼が動く度にサラサラと音が聞こえるかのように波打つ。 悪戯っ子のように人懐こそうな瞳はやはり金。 楽しそうな色を宿したその瞳は光を弾いてキラキラと輝いている。 大柄ではないが小柄でも無い。要は標準的な身長をしている彼は、だが恐ろしくスタイルが良かった。女性ならば誰もが羨むだろう小さな顔とほっそりとした腰。 全体的に細身だが、バランスよく釣り合いがとれており、手足に至っては恐ろしく長い。 士官学校の制服であるグレーの飾り気のない装いも、何故か彼が纏っていると素晴らしく格好良く見えるのが不思議だった。 彼が自分たちと同じくらいの年齢だという事は見れば分かる。だが、よく見ると大人の落ち着きと余裕を感じさせる瞳をしているのがこれまた不思議だった。 一瞬でその場を制した転入生は、自分が彼らにどのような印象を与えているのか分かっているのか分かっていないのか。どちらにしてもいっこうに気にした様子も無く自己紹介を始めた。 「初めまして。イーストシティの士官学校から転入してきたエドワード・ロックベルだ。家の事情でセントラルに引っ越してきたんでこんな中途半端な時期に転入する羽目になっちまったけど、なるべく皆には迷惑かけないようにするから、よろしくな」 形の良い唇から初めて紡がれた彼の言葉は、繊細な外見とは裏腹に些かぞんざいだった。 だが、それで彼の魅力が損なわれることはなく、反って明るく快活な性格が伺えて好印象を与えた。更に、挨拶と共に彼が見せた全開の笑顔に生徒達は魅了される。 女子生徒だけでなく男子生徒までが思わず頬を染めてしまう美しさに、誰もがドキッと胸を高鳴らせたのは仕方がない事だろう。 彼の笑顔は、普段見慣れている者でさえ思わず息を呑むのだ。それを考えれば免疫の全くない生徒達が動揺するのは当然なのだ。 その気がなくても周囲を虜にするのが彼の悪い癖である。おまけに無自覚だから余計に性質が悪いのだ。 「ロックベル。お前の席は窓側の一番後ろだ。分からない事があれば近くの者達に聞け」 「分かりました」 生徒達の様子に頓着せず、エドワードと教官の会話は普通に進められていた。 教官の指示に従って自分の席へと歩み始めたエドワードを、生徒達は陶然とした眼で追う。 その視線には、一時たりとも目を逸らすものかという鬼気迫るものが感じられる。 「よろしくな」 軽やかな足取りで歩を進め、席に着いたエドワードは隣の席の生徒に声をかけた。 「あっ・・よっよろしく!」 思いがけず話しかけられた生徒―ウルリック・ヴァイカートは、ビックリしながらもどうにか返事を返すことに成功した。その途端、ウルリックはクラス中の嫉妬に満ちた視線が自分に突き刺さった事に気が付き蒼褪める。その視線の意味は明白だった。 ―――――――独り占めは許さない。 セントラル中央士官学校。 概ね平和だったこの学校に豆台風がやって来た。 いや、豆では無くモンスター級のハリケーンだろうか・・・・。 「本気ですか、少将!」 「本気に決まってるだろ。このまま放っておくなんて出来ないからな」 「それはそうですけど、何も少将自ら出なくても・・・・」 「んじゃ、少尉がやるか?俺は別にそれでも構わないけど」 「いや、それは多分無理があるかと」 「だろ?それに、本当ならマスタング少佐が一番適任だと思うんだけどさ、流石に3年前まで通ってた士官学校に転入するのは不味いだろう?絶対に知り合いが居るもんな」 「まあ、そりゃそうですけどね・・・」 「俺だって不本意なんだからな、本当はさ。それでも仕方ないじゃんか。フュリー曹長は絶対に潜入捜査なんて無理だって泣き付くしさ。そうなったら少佐を除けばこの中で一番若く見えるのが一番年上の俺なんだからよぉ・・・・・(怒)」 静かな怒りを見せながらも確固とした意思を見せるエドワードの発言に、思わず反論したハボック少尉以下、司令部の面々は度肝を抜かれた。 何せ、御歳30歳の少将が士官学校へ潜入するというのだ・・・。ビックリするなという方が無理な話だろう。 しかし、作戦の突飛さとは裏腹に、外見的には本人も不肖ながら認めるだけあって不自然ではない。 エドワードはといえば、30歳という若さで少将の地位を実力で得ている、軍でも桁違いの出世頭であるにも拘らず、その姿はどう見ても20歳そこそこ。下手をすれば十代にも見える、中性的でとても美しい容姿をしていた。 そんな彼である。士官学校への潜入も全く問題無く進められるだろう事は間違いない。 だがしかし、である。 普通、将軍が自ら潜入捜査などしない。 当たり前といえば当たり前である。司令官は司令室で命令を出すのが主な仕事なのだから。 とはいえ、その常識が通用しないのがエドワードがエドワードたる所以ではあるのだが。 「大丈夫。学校帰りには司令室によって仕事するからさ」 そういう問題ではないだろう。 思わず全員が声にならない反論を内心で呟く。 「そんな事したら休む暇がなくなります。倒られたらどうされるんですか」 内心の葛藤をやり過ごし、立ち直ったロス少尉が上司を気遣うと、エドワードは微笑む。 何度見てもうっとりとしてしまう曲者の頬笑みだ。この笑顔を見せられてしまうと抵抗する気力が奪われてしまうのだ。 「心配してくれてありがとな、少尉。でも大丈夫。俺は学校って行ったことないから面白くて楽しめるだろうし、聞き込み自体はそう頻繁に出来るわけじゃないから疲れる事も無いと思うしな」 「ですが、溜まった仕事を片付けに司令室に通うのは大変ですよ」 「それも大丈夫。きっとマスタング少佐とアームストロング少佐が俺の代わりにバリバリ仕事してくれるからさ。なっ、少佐」 ウインク付きのエドワードの笑顔を向けられて、嬉しさに卒倒しそうになりながらも、ロイとアームストロングは蒼褪める。 暗に、少将が処理すべき重要な書類以外は全てロイ達が処理しなければならないという現実が突き付けられたからだ。 「そうですね。きっと少佐達が頑張って下さる事でしょう。そうですね?」 ホークアイ中尉がにっこりと微笑みながら、ロイ達を奈落に突き落とす。 彼女に逆らうなど出来るわけがない。その恐ろしさを身に染みて知っているロイ達の返答は一つしかなかった。 「少将、後の事はお任せ下さい。マスタング少佐共々誠心誠意精進致しますゆえ」 「少将はこちらの事は気にせず校内での作戦実行を心置きなくなさって下さい」 「そっか。ありがとな2人とも。じゃそういう事で、作戦開始は2日後だ。ロス少尉はそれまでに完璧な俺の転入書類を作成してくれ。作戦が作戦だけに俺の正体は校長以外には知られたくないんだ」 「了解しました」 「あっ、それと士官学校の制服の用意もよろしく。俺のサイズは分かってるよな」 「大丈夫です。明日には司令室に届くよう手配します」 「頼む」 「ホークアイ中尉は、5年生の自宅通学者のリストアップと通学路の調査を頼む。女子生徒だけで大丈夫だとは思うが、万が一の事も考えて男子生徒も調べておいてくれ。これは校長に聞けば直ぐに分かると思う。俺が聞けば早いだろうけど、事件が解決するまでは何処に犯人の目があるか分からないからな。校長への接触は出来る限り避けたい」 「了解しました」 「少佐達は、さっきも言ったとおり通常業務を滞らせないように宜しく頼む。勿論皆が上げてくる情報の整理と作戦の随時報告もだ」 「「了解」」 「ハボック少尉とブレダ少尉は事件現場周辺と被害者関係者の聞き込みを進めてくれ」 「「了解っ」」 「ファルマン准尉は過去の事件データの洗い出しをしてくれ。今回分かってる被害者以外にも同様な手口で変死している事件がないかどうか」 「了解です」 「フュリー曹長は校内に仕掛けるための盗聴器の調整を頼む。流石にあちこち好き勝手に仕掛けるわけにはいかないから、俺が内偵して怪しそうな場所があれば設置できるように、出来るだけ小型で高性能な物を用意して欲しい。それと、受信場所の設置も任せる。学校の近くで音を拾えそうな場所を探して欲しい」 「了解しました」 「よし。では、作戦開始だ」 |
※エドワードの年齢設定を訂正しました。誤27歳→正30歳 2008/09/05