「エド遅いな」

「もしかして昨日の件で何かあったんじゃ・・・」

「それはないだろ」


始業まで後5分となっても登校して来ないエドワードを心配するユージンの不安を払拭させるように、クラウスが目線である一点を示す。


「あっ、そうか・・・。そうだね」


心配がないと分かったユージンだが、その理由が判明して気分が下降する。やりきれない。


「俺の杞憂だと良いんだけどな・・・」

「そうだね」

「あっちの心配はなくても、もしかしたら事故とかに巻込まれてるんじゃないだろうな」


尽きぬ不安に再び気持ちが下降し始めた時、晴れやかな澄んだ声がユージン達の耳に届いた。


「おはよう。何だ、今日は皆早いんだな」


いつまでも聞いていたくなる、軽やかで美しく響く声と、屈託のない煌めく笑顔と共に現われたのは、たった今まで話題にしていた当の本人、エドワードだった。
エドワードの、いつ見ても何度見ても慣れることのない綺麗な笑顔には人の胸を必要以上にドキドキさせる威力が半端なくあるが、嫌なことを全て忘れさせてくれる絶大な安心感もある。
その効果はウルリック達にも遺憾なく発揮され、落ち込んでいた表情が一転。笑顔になる3人であった。


「あっ、おはよう。エドワード」

「エドが遅いんだろ」

「寝坊でもしたのか?」


自分の遅刻気味の登校を棚に上げたエドワードの呑気な発言に、ユージン、ウルリック、クラウスが、それでも笑顔と共に反論する。この笑顔の前で不機嫌な顔をするのはとても難しい。


「ビンゴ!」

「えっ、本当に寝坊したのか?」

「そう。寮に入ってたら罰則モノだな」

「寮で生活してたら寝坊なんてそもそも出来ないよ。同室の皆に叩き起こされるんだから」

「そうなのか?」

「当たり前だろ。一人寝坊しただけで全員が同罪になるんだから」

「ああ、そうか。軍特有の連帯責任というヤツだな」

「まあね。いいよな。自宅登校組は。気楽だ」

「気楽じゃないぞ!何でも自分でやらなきゃならないんだから大変だぞ!」

「ひとりって。エドって実家暮らしじゃないの?」

「!!!」


しまった。家族でセントラルに引っ越してきた設定だった。
寝汚い事では他の追随を許さないエドワードは、自力で起きることがどんなに困難か力説しようとして失言をしてしまった。こんな凡ミスは珍しいことである。
だが、そこは年の功(?)である。平然とした顔で取り繕うことも得意であった。


「実家だけどこの年になって親が面倒見てくれるわけないだろ。全部自分でやれって言われてるんだ」

「まあ、そりゃ当たり前だよな」

「だな」

「そうだよね」


何とも冷たい友人達の発言に、ちょっとやそっとでは止まらない大音量の目覚まし時計を5個も使って必死になって起きている自分の苦労がちっとも伝わらす、悔しくてエドワードは臍を噛む。
大変なんだぞ!俺毎日睡魔と戦ってるんだぞ!
かしましく鳴る目覚まし時計をついつい他の物に錬成してしまい、後になって元に戻す虚しさとか、何故か寝坊しそうな日を予想できるホークアイ中尉に銃口を突き付けられて叩き起こされる恐怖とか知らないだろうっ!!おまけに今朝なんて朝飯も食いはぐれたんだぞ!
僅か数秒の間に脳裏を過ぎったエドワードのいい年をした大人とは思えない心の叫びは、当然だが誰にも伝わることなく消えていった。ダメダメである。


「そんなことより。エド、話があるんだ・・・っと」


楽しくも下らない話題に興じているわけにはいかない。
声にならないエドワードの悲痛な訴えに気付くことなく、ウルリックはエドワードに昨夜自分が見聞きした出来事を伝えようと、勢い込んで話し出そうとした、その時。ウルリックの出鼻を挫くように無情にも始業のチャイムが響き渡る。
ガクッ。
でも、考えてみればこんな所で大っぴらに出来る話ではない。エドワードがもっと早く登校していれば別の場所で伝えることも出来ただろうが、今は無理だ。場所を変えて込み入った話をするには時間が要る。一刻も早く相談したいのは山々だが仕方がない。昼休みまで待つしかないだろう。
幸い、今日の午前中は講義ばかりで移動もない。彼らがエドワードに危害を加えようとしても機会はない筈だ。


「ん?どしたリック。何か話があるのか?」

「そうなんだけど、講義も始まるし昼休みにでも話すよ」

「分かった。んじゃ後でな」


























「よし、じゃ次はブレダ少尉。報告してくれ」

「了解です」


ファルマン准尉の報告に満足したのか、弾けるような笑顔を浮かべたまま自分に報告を促すエドワードに、ブレダは眩暈を覚える。別に疚しい気持ちがあるわけではないのに、満面の笑みを向けられるとノーマルである筈の自分でも何故か一瞬呼吸が止まりそうになるのだ。つくづく恐ろしい将軍である。
もしかしたら笑顔だけで世界征服できるのではなかろうか?
思わず浮かんだ馬鹿馬鹿しい妄想を振り切るように頭を一振りし、ブレダは自分が掻集めてきた情報を報告することにした。


「まず、被害者の中で唯一の男性であるヴィリー・コーエン准尉ですが、当時の年齢は24歳で、憲兵として軍に入隊してから3年目で亡くなってます。亡くなる1年前から憲兵司令部のヘンリ・ダグラス大佐の部下として働いており、勤務態度は非常に真面目で周囲の評判も良かったようです。主な任務はシティの巡回と諜報で、毎日午前午後1回ずつシティを巡回していました」

「諜報要員だったのか?」

「はい。ただ、諜報といっても内偵などではなく、シティを巡回していて聞き込んだ情報を重要度別に分類して報告書として提出していた程度だそうです」

「そうか。と、云うことはつまり。コーエン准尉はシティの動向に精通していたわけだな」

「はい。コーエン准尉は元々シティの出身なので、職務的にも個人的にもシティには詳しかったと思われます」

「ふーん。分かった。話の腰を折って済まない。続けてくれ」

「了解。コーエン准尉が死亡したのは最初の被害者が発見された僅か1ヶ月後の事です。巡回中に行方不明になり、翌日の夕方、2日後に解体予定だった廃屋で下見に来ていた工事関係者によって、地下室に無造作に放置してあった遺体が発見されました。本来なら解体当日まで誰も立ち入らない予定だったそうですが、これまでにも何度か不法侵入者が寝泊まりしていたことがあり、念の為時々見回りをしていたそうです。遺体を放置した犯人側にしてみれば想定外の事態だったかもしれないですね」

「あわよくば建物ごと粉々になってくれればって所か。もし発見されてもその頃には遺体の損壊が激しくて身元の照会が難しくなる可能性はかなり高くなるからな」


嫌そうな顔でエドワードが呟くと、皆が無言で頷く。人の尊厳を無視した所業に憤りを覚える。


「忌々しいですが、そういうことです。実際、発見された当時のコーエン准尉は身元を確認できるものは一切身に付けていなかったそうです。ただ、通報を受けて駆けつけた憲兵がコーエン准尉を見知っており、犯人側の目論見は見事に外れて直ぐに身元が割れました。また、自殺では有り得ない状況だったので検死に回わされ、そこで最初の被害者と同じ薬物反応が確認されたという次第です。当時、コーエン准尉は特に抱えている事件は無かったのですが、先程報告したとおり、シティを巡回しながらの情報収集はしていました。ただ、一緒に住んでいた家族に聞き込みをしたところ、亡くなる3ヶ月ほど前から何やら深刻な様子で調べ物をしていたようだとの証言を得ました。当然ながら仕事内容についてコーエン准尉が家族に話すことはなかったそうですが、それでも一緒に住んでいる息子が悩んでいる様子くらい分かると母親は主張しています。そこで、この件についてコーエン准尉の当時の同僚に聞き込みをしましたが、特に思い当たる節はなかったと全員が証言しました。ただ、当時の同僚で1名だけ既に亡くなっている少尉がいまして、彼からの証言は取れませんでした」

「もしかして、その少尉って当時コーエン准尉と一緒に組んで動くことが多かった人物だったりしないか?事件当日も一緒に巡回してたとか」

「よく分かりましたね。確かにそうです」


報告内容を知っているのかと疑うほど的確なエドワードの指摘にブレダは感心する。流石である。


「彼の名前はイェルク・アルトナー少尉。当時34歳。コーエン准尉とは、コーエン准尉がダグラス大佐の部署に配属になってからずっとコンビを組んで動いていました。コーエン准尉が殺害された当日も一緒に巡回をしていたそうですが、常に一緒に動くのではなく、時折は二手に分かれて巡回することも多々あったようで、その日も同様だったそうです。落ち合う場所と時間はいつも決まっていて、そこで合流した後憲兵司令部に戻っていたのですが、事件当日は幾ら待ってもコーエン准尉が戻ってこないので不審に思い、シティを一回りしたそうです。1時間ほど探して、結局見つからなかったのでひとりで司令部に戻り、コーエン准尉の不在をダグラス大佐に報告したとのことです。その後暫く、アルトナー少尉は単独で任務に就いていたそうですが、事件の3ヶ月後に退役し、退役後半年で何者かに刺殺されました」

「刺殺だと?」


思わず聞き返すロイの驚きも当然だろう。憲兵司令部の同じ部署で働いていた軍人と元軍人が殆ど間を置かずに殺されるなど尋常な事ではない。


「はい。シティの外れの細い路地裏で死亡しているのを発見されたのですが、コーエン准尉の時と同じく身元を確認できる物は一切身に付けていなかったそうです。しかも、死後3週間以上経っていたようで、腐臭がするのを不審に思った近所の老人が発見したときにはかなり腐敗が進んでいました。ようやく身元が割れたのは発見から5日も経ってからだったそうです。アルトナー少尉は独身で、両親も離れて暮らしていた事も身元判明の遅れの原因だったようです。最終的に、郵便物が溢れかえっていたのを不審に思ったアルトナー少尉の隣人が大家に伝え、その大家が家賃の回収が出来ないと困るという理由で軍と両親に届け出たことで身元が判明しました。また、アルトナー少尉の近所に住む中年女性から聞いたところ、元々素行があまり芳しくなかったのが更に輪を掛けて粗雑になり、アパートの住人からはかなりの苦情が出ていたそうです。更に、退役してからのアルトナー元少尉は妙に金回りが良く、働きもしないで一日中家でゴロゴロしていたかと思えば時折出掛け、一晩中飲み明かしたり、入れ替わり立ち替わり女性を連れ込んで騒いだりしていたとのことです」

「34歳で自主退役した素行の悪い軍人に支払われる退職金なんて高が知れてるよな。それなのに何故そんなにも金回りが良かったのか。その金の出所を探る必要があるな。それと、退役後のアルトナー元少尉と付き合いのあった女性達からも話を聞けると尚良い」

「そう言われると思って、既に調べてあります」

「そうだと思ったけど一応聞いてみたんだ。流石だな、ブレダ少尉」


ニヤリと不敵に笑うブレダに、キラリと瞳を煌めかせ、これまた負けずに口角を上げるエドワード。長年この将軍と付き合っていれば、この程度の要求には直ぐに応えられるようになる。優秀な者同士が切磋琢磨して、更に能力に磨きを掛けて行くことが出来る。これこそがエルリック少将率いる司令部の強みである。


「んじゃ、続きよろしく」

「了解。とはいえ、折角買い被っていただいたのに申し訳ないのですが、アルトナー元少尉に支払われた退職金は全額手付かずのまま口座に残されており、その他の多額の振込や入金は一切なく、彼が遊興費に使用していた金の出所は実際には確認できませんでした。恐らく現金で手渡され、そのまま自宅で所持していたと思われます。ただ、アルトナー元少尉が退役後懇意にしていた女性達から証言を得たところに寄りますと、どうやら軍関係者の影が浮かび上がってきました。彼女達曰く、『俺は金のなる木を手に入れたんだ。俺が口を噤んでいる限りこの木からは幾らでも金が摘み取れる。だからってその人を脅してるわけじゃないぜ。当然の報酬を頂いてるだけだ。何せ、その人と俺は一蓮托生だからな。何か悪いことしたのかって?まあ、そんなとこかな。でも俺が悪いんじゃないぜ。指示したのはその人なんだから。俺は立場的に逆らえなくて命令に従っただけだ』と云うことでした」

「つまり、軍人であるアルトナー少尉に命じて何かしらの悪事を働く事が出来た影の黒幕がいるって事だな」

「そういうことです」

「で、その悪事ってヤツはなんだと思う?」


自分を見つめている部下達に問うエドワードのその瞳は、先程の楽しげなものとは一転。鋭く光っている。自分達に向けられているわけではないのに、ロイ達はその厳しい眼差しに思わず息を飲む。


「証拠は現時点でありませんが、状況から見て言えることは一つです」

「アルトナー少尉によるコーエン准尉殺害。そして、アルトナー元少尉を口封じのために刺殺した」


ブレダの提示に氷の如き冷ややかな声音で返すエドワード。その温度の低さに、ブレダは自分が責められているわけでもないのに背筋に悪寒が走った。
軍人としてあるまじき。いや、人間としてあるまじき行為に怒りを覚えているのだろう。
エドワードの指摘に首肯する部下達の表情も知らず険しくなる。


「そう考えると、指示した人物は自ずと限られるな」


エドワードが告げるその人物とは。





―― 憲兵司令部ヘンリ・ダグラス大佐
















 





またもや更新するのに3ヶ月もかかってしまいました;;;
毎回毎回お詫びしてますが、本当にのろまな亀更新で申し訳ありません(>_<)

そして、今回も前回に引き続き会話というか台詞が多くてすみません;;;
後もう少し続きますのでご容赦を!
それにしても話が中々進まない(苦笑)
広げた風呂敷を無事に纏める事は出来るのでしょうか?←何ですとっ!



2011/04/24