「・・・・・・・・・・・・・・・・」




これには流石の乱菊も開いた口が塞がらない。隣の恋次と同様に、がっくりと気が抜ける。


聞かなきゃ良かった・・・

紛うことなく、これが二人の偽ざる心情だった。


気を取り直すように咳払いを一つして。
項垂れる二人を不思議そうに見る一護のオレンジ色の頭を、乱菊はそっと撫でた。
この場合、平然と言ってしまう一護も哀れと言えば哀れだと思う。


「それにしても、浮気されてそんなに怒るなら、自分もやらなきゃ良いのに。」
「・・・俺、全然分かんねえ。」

そっと目を伏せる一護は、確かに傷ついている。
周りから見れば、二人は揉め事などないようにうまくいっていた。一護は修兵に懐いていたし、修兵も大事にしていた。揶揄してやろうという気さえ起こすような二人だったのに。
一体修兵はどういうつもりなのか。本人以外誰も理解できない。

「でもねえ・・・修兵がアンタを大切にしてるのは確かなのよ?」
「そーだぞ・・・俺らに、あんな事言うくらいだしな」
「何だよ?」
「お前がさぁ、檜佐木さんに連れられてきた時にな、」
「あの馬鹿、しっかり牽制してんのよ。『一護に、手、出すなよ』ってねえ・・・」
「は?」
「つーまーりー、檜佐木さんはお前にずっと片思いしてたって事だ。」

片思い―――、言っていて馬鹿馬鹿しくなってくるが、その通りだった。修兵は一護を紹介するときに、必ずそれを付け足していた。


それならば、何故。
余計に分からない。


三人にふっと沈黙が落ちる。
その瞬間を狙い澄ましたように、一護の携帯が鳴った。

「電話だ・・・」

通話ボタンを押した一護の顔が、直ぐに歪んだ。その反応で相手が修兵だと分かる。
声を潜めて窺う二人を嫌そうに見ながら、一護は平坦に返答する。

「何?」
『お前今何処?』
「浦原さんのトコ」
『あ?何で?つーか一人か?』
「違うけど」
『誰といんだよ?』

むっとしたような声が、恋次たちにも聞こえた。
恐らく誕生日の前日、一護が真っ直ぐ自分の元へ向かわなかった故に多少不機嫌なのだろう。他の誰かといるくらいで妬く修兵に、呆れ半分怒り半分。

「恋次、」
『ああ?ふざけんな!さっさとウチ来い』

いや、今ので怒りの方が勝った。

「檜佐木さんって心狭えなあ。そんなんじゃ一護に嫌われるぜ?」

と、携帯を一護から奪い、恋次はそれだけ言って通話を切った。ワザと名前を読んだ上に、ご丁寧に電源も切る。
そんな恋次の行動に乱菊は盛大に拍手を送った。

「よくやった、阿散井」
「・・・おい、何しやがる」
「これでこっちに来るだろ」
「つーか、どうすんだよ・・・絶対怒ってたし」
「この際、浮気の真相突き止めろ。檜佐木さんはお前が知らないと思ってんだよ。だから好き勝手するんだって」
「そうよぉ、アンタだってこのままじゃ、嫌でしょ?はっきり聞いてやればいいのよ。『何で女と寝てんだ?』ってさー!」

それで別れたら私のトコ来なさい。

大真面目な顔でそんな風に言う乱菊に、一護は苦笑した。
多少混ぜっ返されている気もしないでもないが、多分真剣に心配してくれているのだろう。

「・・・どーも」
「あら、本気よ?」

くすくすと、軽やかに笑う乱菊は、一護にとって姉のような人だ。時々揶揄が過ぎるが、修兵の先輩ということもあって一護も可愛がられていた。修兵とは別に、頼ることもある。

「本当に別れるかもなー・・・」
「檜佐木さんはそう思ってなさそうだけどな」

恋次は今し方送られてきたメールを見せる。
そこには、『手出すなよ!』の一文のみ。
大方、愛車を飛ばして此方に向かっているのだろう。途中で道交法違反で捕まらなければ良いが。

「あー、めんどくせ。こんな事で頭使ってる暇はないんだけど・・・」
「おーおー言うじゃん」
「テメ、人事だと思って」
「ま、そうも言ってられねえけど。つーか何お前なんかあんのか?」
「あのなー、俺一応受験生なんだよ!」
「あ、そっか。高校生だもんねえ・・・一護、大学どこ行くの?」
「さあ?でも公立」
「ふうん、何学部」
「医学部」
「あらまぁ」
「そりゃまた勉強しねえと」
「そーだって言ってんだろ!」

くそー檜佐木さんもうちょっと時期選んでくれてもいいだろー!

「いや、そういう問題じゃないわよ」
「お前どっかズレてんだよっ」
「だってそうだろ。別れるつもりならさっさと言ってくれりゃいいんだ」



「誰と誰が別れるって?」



頭を抱えて溜息をついた一護の真後ろから、第三者の声。
渦中の人物だった。

「檜佐木さん、」
「一護、お前こんなトコで何してんだよ」
「あら、修兵、先輩には何の挨拶もないの?」
「こんちは、乱菊さん。で、一護、帰るぞ」
「つーか俺は無視かよ・・・」

全く眼中にないかのように自分を無視する修兵にぼやいてみるものの、相手は流石だ、視線を向けることもしない。

「おーい、檜佐木さん聞いてますかあ?」
「アンタ、ちょっといい加減にしなさいよ?」
「何をそんなに急いでんですかー?」

寄って集って囃し立てるような二人と動こうとしない一護に、苛立った修兵はドカッと乱暴に席に座る。即ち、一護の隣だ。苦々しく細い目を更に細めて、横目で睨む修兵を、一護は故意に無視した。

「こんなトコで三人で何やってんですか?」
「あらー別に良いじゃないのよ、ねえ一護ぉ?」
「そうだぜ檜佐木さん。明日は黒崎の誕生日だし」
「てめえは黙れ」
「なんだよ、そんなに嫌なのか?俺が一護といることが」

ぎろ、と睨みつける様に普段の気のいい先輩は見受けられない。

「アンタなぁ、そんな風に怒るくらいなら何で浮気なんてするだよ?」


「・・・・・・あ・・・?」


修兵は驚いたように恋次を見た。まさか、露見しているとは思わなかったのかもしれない。しかし、ばれなければ良いという問題ではない、勿論。
恋次は、苛立ったように修兵を睨んだ。
三年以上の付き合いになる、先輩だ。余計に腹が立った。


「恋次、別に良いって」
「よくねえ」
「ま、アンタ達二人でよく話し合うのね。・・・阿散井、行くよ」
「・・・でも!」
「いいから。・・・言っとくけど修兵」


その子泣かせたら許さないから。


来た時と同様、乱菊は颯爽と立ち去った。その後を恋次が追う。


結局は二人の、修兵の問題だ。
長い間放って置いた所為で生じた、二人のズレが少しでもなくなるように。
恋次も乱菊も、そう思っている。








「・・・一護、」
「別にさ、良いんだぜ?女と寝たって。あんた男だし。・・・けどさ、女が良いなら何でそう言わねえの?別れたいって言えば良いだろ」
「違う、別れてえなんて思ってねえよ!」
「なら、何だよ」
「・・・・・・・・・」
「おい、」
「・・・・・・、お前さ、まだ高校生だろ?」
「だから?今更何だよ」


修兵は、仕方ないと言うように溜息を吐いた。逡巡はなく、不可避だと悟ったのか淡々と告げられる言葉。決して目を合わそうとしない修兵の表情は分からなかったが、一護はその顔を真っ直ぐ見つめた。誤魔化そうとしたらただじゃ置かない。
修兵は上着から煙草の箱を取り出した。取り出した一本を火をつけないまま手で弄ぶ。考え事をするときの癖だった。修兵の頭の中では色んなことが渦巻いていた。一つ一つ言葉に気をつけながら、探る。


「夢?とかあってさ、・・・これから色んなこと経験とかして?色んな人間に会ったりして、そん中には俺より若くて、お前に相応しいヤツとかいるかもしんないだろ?・・・なんかそーゆー事色々考えて、でもそれお前にぶつける訳にはいかねえだろ」

・・・・だから、女抱いて、紛らわせてんだ



「は?」


何だそれ?


っていうか檜佐木さんアンタさ、


「何言ってるか分かってるか?
・・・それってつまりさ、俺が面倒になったんだろ?男で、その上ガキの俺が嫌になったんだろ。

―――そういう事じゃねえか!」


そっか、面倒になったのか。
いつから、なんて事は気にならない。もしかしたら初めからだったのかもしれない。
女と寝るのは3回目だと思ってたけど、気付かなかったのがもっとあるのか。
これ以上話しても意味がなかった。女が良いというのなら自分にはどうすることも出来ないのだ。そして、ガキが嫌だというのなら頷くしかない。

理解できない、なんてことはない。

簡単だ。


だから、もう良い。


「俺、帰るな」


「ちょ、ちょっと待て!何だよもう良いって何が良いんだよ」
「何がって、だからもう俺に付き合わなくて良いって事だ。じゃあな」
「一護!待てって!」

席を立って店を出て行こうとする一護の後を、修兵は慌てて追った。それに気付いてはいたが、一護は少しも振り返ろうとは思わなかった。
早足で去っていく。日が暮れた街は、それでもじめじめと纏わり付くような、湿気を含んだ空気に満ちていた。時折点滅するだけの街灯が、一護には眩しく見えた。避けるように俯いて、後ろから聞こえる声を振り切ろうとした。

だけど。

「待てよ!話を聞け」
「何の話だよ?さっきで終わっただろ?」
「終わってない、お前勘違いしてるだろ!」

なんで引き止めるんだよ。

苛立ちを含んだ涙が出そうで、それが更に癪に障る。

「勘違いじゃねえよ。俺はあんたが必要だった。お袋の命日だって、側にいて欲しいとさえ思ったよ。けどあんたはそうじゃねえ。もういらないんだろ俺は」


なんでかな、俺、甘えすぎたか?
しょうがねえことをぐちゃぐちゃ考えるのはらしくねえのに。


「檜佐木さん、ありがと。じゃあな」


「この、馬鹿野郎!」

表通りに出る寸前、修兵は乱暴に一護を小汚い壁へ押付けた。裏通りとは言え、細い道には人だって通るのに。

「じゃあな、って何だよ!俺はお前と別れてやるつもりなんて、これっぽっちもねえんだ!
 誰が離すかよ・・・!絶対許さねえからな!」

掴まれた肩が痛い。
相変わらず加減しない人だな、と一護はぼんやり修兵の顔を見た。

「聞いてんのか一護!」

「聞いてる。けどもうどーだっていい」

振り払おうとして上げた右腕を、修兵は逆に押さえつける。一護の冷めた目が気に入らない。本当にどうでもいいと思っているような表情に憎しみさえ湧く。その怒りが一護へなのか、自分へなのかも分からず、修兵はただ衝動のままに口付けた。
甘い舌をキツク吸う。歯列を丁寧に舐め上げ、隅々まで味わう。長く、息切れするほど、口腔内を荒らした。


だが一護は、ピクリとも反応しなかった。
甘く垂れた琥珀色の目には、怒りさえ、浮かんでいなかった。


ただ、

つう、と一滴の涙の雫が、

流れて消えただけだった。



「―――っ!・・・悪かった一護。ごめん。謝る。すまねえ・・・」

悪い、優しく愛してやれなくて。

でもお前しかいらねえんだ。ホントに。



修兵の唇は、そっと消えた涙の後を追った。泣かない一護の零した涙。
それを見て、初めて修兵は、自分の思いを知った。




一護がいるのに女を抱いた理由。

紛らわしていたのは、何なのか。

抑えつけても、幾度も横溢する、それ。




狂気によって出来ている凶器のようなアイ。





「なあ、一護。女抱きながら考えてた。お前もこうやって俺じゃない誰かを抱きしめる時がくんのかなって。俺から離れていくのかって。・・・でも絶対離してやらねえから、」
「最悪だな」
「ああ。・・・でも許さねえから。
 お前のこと縛り付けて全部把握して縛り付けておかねえと駄目なんだ、俺」


そうじゃねえと、抑えきれない何かが暴れだすんだ。


「なあ、ごめん、許してくれ。」

一護。


「その代わり、俺も絶対離れないから。なあ。」


「お前が必要とか必要じゃないとかそんな程度じゃねえんだよ、もう」


「なあ、ごめん。許してくれるか?」




普段のあの鷹揚な態度など何処にもなく。

震える声と震える腕で、修兵は縋る。

一護はそっと目を伏せた。どうせ、何も見えない。随分前から盲目だった。修兵のように自分も。



「・・・今何時」


「もうすぐメシの時間」
「何だそれテキトー過ぎ」
「そんな感じってことだ」
「意味分かんねえ」
「なあ、帰ろうぜ」
「は?何処に」
「俺の部屋」
「何で」
「祝おうぜ誕生日」
「覚えてたのか」
「当たり前だろ一周年だぜ俺らの」
「アンタの所為で最悪だけどな」
「・・・ごめんなさいすみません」


「も、どーでも良い」


「なあ、許してホントに。もう絶対しねえ」


修兵は一護の身体をきつく抱きしめる。






一護はそっと抱きしめ返しながら。


そういえば、この腕が好きだったんだよな、と頭の片隅で思った。




END.

各務様コメント


一護さん、誕生日おめでとうございます。そしてありがとうございます。
祝福と感謝と愛を込めて。


読んで下さってありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
各務さまより頂きましたーーー♪
っていうより無理やり奪いました・・・(汗)
だって!あまりに素敵な修一がDLFだったんですよ!DLF!!
奪うしかないでしょうー☆
一護のお誕生日おめでとうフリーSSだったのですv
ずっと狙っていて(汗)、でも、了解得てからにしようと思ってたらリンク外された後で、
結局もの凄くご迷惑をお掛けしてしまったという体たらく;;;
馬鹿に付ける薬はないとの言葉は本当です(>_<)
でも、頂いた甲斐はあり捲くりでした〜〜〜♪
すっごく素敵です〜〜この修一!
大人な雰囲気が切なくて、つい一護が可哀想になってしまった;;;
相手を思う気持ちが逆に傷つけてしまうってありますよね。
それが凄く自然に表現されていて感動しますv
こういう風に人様を感動させる話をあたしも書きたい・・・。
無理だから!(滝涙)

各務さま、本当にありがとうございました☆
頂いてからUPするまで時間掛かってしまって本当に済みませんでした;;;
殴っていいですから(>_<)

2005.10.9