双影









藍色の空から一つ二つと星が消え、薄紫から橙へとその色が変化していく。
星が消えてから然程の時間も掛からず一瞬にして眩しいほどの白光が天空を覆い、
尸魂界全土をあまねく照らす様は、ここが死者の集う世界だということを忘れさせる程鮮烈だ。





浮竹の屋敷の一室。
その部屋の障子越しに淡い光となって差し込んだ朝の気配は、
深い眠りについていた一護の意識を現へと浮上させる。
薄っすらと目を開けた一護は、無意識のうちに居るはずの人を探して手を隣に伸ばす。
そしてそこにあるはずの暖かな存在が無いことに初めて気付く。
気持ちよく包まっていた布団を惜しむように丸まっていた体が、瞬時に覚醒する。



身を起こして周囲を見渡す一護は、何も身に着けていなかった。
あらわになった上半身には幾つもの新しい朱印が刻まれており、昨夜の情事を窺わせる。
十二畳ほどの和室には一組だけ布団がしかれており、
深い皺が刻まれたシーツには所々赤いシミの跡が残っていた。
部屋の隅には、蝋の無くなった行灯が置かれ、
脱ぎ散らかされた衣服もそのままの状態で放置されている。
爽やかな朝の気配とは裏腹な濃厚な夜の名残。



情事の疲労を残したままの一護の表情もどこか気だるげで妙な艶がある。
何時もの不機嫌そうな顔や、思いがけず子供っぽい笑顔しか知らない者が見たら
思わず我が目を疑い、次いで目が離せなくなるだろう。


「浮竹さん・・・」


ポツリとこぼす彼の人の名前。
昨夜は、浮竹にしては珍しく余裕が無く、何時もより多少手荒な抱き方をされた。
別にそんな事は少しも不快ではなく、どこか辛そうな様子に返って心配になった。
朝方になって気を失ってしまった自分が悔やまれる。
もっと彼の人を受け止めたいのに。
もっと彼の人の支えになりたいのに。
もっともっと彼の人を・・・・。










年に一度。
いつもは明るく泰然自若とした浮竹が落ち込む日があった。
浮竹と一緒に生きていくことを決めてから初めてのその日。
一護にはその理由が何となく分かっていた。
自分にも年に一度だけ、そんな日がある・・・・。



浮竹の居場所はきっとあそこだろう。
でも、自分が行ってもいいのかどうかの判断がつかない。
踏み込んでもいいのだろうか・・・更に心の奥底に・・・。
自分はそこまで彼の人に信頼されているのだろうか・・・。
自分が想うほど彼の人は自分を想ってくれているのだろうか。
段々と落ち込んでいく思考に眩暈がしてくる。
誰よりも大切な人に必要とされない自分に存在価値は無い。
切り裂かれるような胸の痛みに目頭が熱くなる。


更に明るさを増した部屋に押し殺した静かな嗚咽が響く。


















森の中に空いた小さな空間にその場所はあった。
木漏れ日が差し込み柔らかな光に溢れたその場所。
小さな花々が咲き乱れ、小鳥のさえずりまでが聞こえてくる。
派手好きな家風に似合わず、美しいが目立たない場所にひっそりと造られた墓。
そこに眠るのはかつての十三番隊副隊長志波海燕とその妻である。
己の過失により失ってしまった部下にはどう足掻いても詫びるすべもない。
いつでも頭の隅にある彼への悔恨が大きくなる日。
握り締めた手のひらが無意識のうちに震える。



海燕が亡くなってから副隊長の席は空いたままだ。
己への戒めと共に彼以上の副隊長候補がいなかったというのがその理由だ。
いつかその空洞を埋められる者が現れるのを待っていた。
弱い自分を叱咤し支えになる者を・・・。
その存在は尊く、己にとっては何よりも大切で愛しい者となるだろう。



今、その者は己の手の届く所に居た。
ただ、本当に彼を我が者にしてよいのか・・・。
自分だけの独りよがりな独占欲ではないのだろうか。








彼の者の名は黒崎一護。
旅禍として初めて一護と遭遇した時の驚愕。
嘗て己の右腕として常に隣に居た彼にあまりにも酷似したその姿。
彼の生まれ変わりかと瞬時に脳裏を過ぎった考え。
その名を口にする前に六番隊隊長である友に否定されたが、俄かには信じられなかった。
自分の罪が形となって現れたのではないか。
そんな愚かな幻想に揺れる自分が情けなかった。
全てを受け入れたつもりが、実は全く納得などしていなかったことに気付く。



旅禍騒動が尸魂界全土を揺るがす事件に発展していく中で、一護とのふれ合いも増えていった。
その人となりを知るにつけ海燕との酷似にまたもや驚かされた。
真っ直ぐな瞳と要領よく立ち回ることが出来ずに、自分が傷つきながら他者を守ろうとする真摯で不器用な生き様。
姿の似たものは生き方も似るのだろうか。
しかし、海燕は海燕。一護は一護だ。似ているようで全く違う。
そんな当たり前のことに気付いた時。己が一護を欲していることにも気付いた。



海燕の代わりとしてでは、勿論ない。
黒崎一護。彼が欲しい。彼だけが欲しい。
会って間もない彼に何故そんなにも惹かれるのか。
自分にも分からないが、全てのベクトルが彼だけに向いているのは真実。
魂が彼を欲している。
その誘惑に抗うのは難しく、我慢できずに彼を誰よりも近くに置けるよう必死に努力した己が居る。
幸い彼は自分に好意を持ってくれたようで、今、仮初かもしれないが己の隣に立っている。



それでもまだ副隊長席は空いたままだった。
一護は人間。特別に尸魂界への出入りを許されてはいるが、彼と自分とではその身に流れる時間が違う。
どうにもならない現実に唇を噛締める。





ふと気付けば海燕の墓の前で一護のことばかり考えている。
何処までも自分勝手な己に冷笑が浮かぶ。
本当に自分は小さい。こんな男に付きまとわれても一護もいい迷惑だろう。
いつか一護が去ってしまう時が来るだろう。
その前に全てを晒し一護から切り捨てられた方が良いのではないか。
一護が去ってしまうその時が来ても、自分からはどうやっても切る事は出来ないだろうから・・・。




















「何してんだよ!雨の中傘も差さないでっ」


内に籠もっていた意識がその一言で現実に引き戻される。
怒っているというよりは心配そうな戸惑うような声音。
しかし、そう言って怒る彼も傘は手にしていない。
びしょ濡れになっているわけではないから、多分降りだして間もないのだろう。
自分の殻に閉じこもっていたせいか、そんな事にも気付かなかった。



突然、浮竹は今がその時ではないかと思った。
そう思った途端、考えるまもなく口から言葉が溢れ出す。


「一護・・・」

「何?」

「俺は自分が赦せない」


伏し目がちに発せられた突然の浮竹の言葉。
何があったのだろうか。
人前でそんな弱音を吐く浮竹ではない。
何時もは快活な浮竹の内面の葛藤を知らずに一護は戸惑う。



海燕の墓の前で微動だにせず立ち尽くす浮竹を随分前から見つめていた。
広い背中が何故か小さく見え、悄然とした様子で何時間もそうしている浮竹に、
声をかけることも出来ずにいた一護だった。雨が降ってきたのに背中を押されるようにしてようやく一歩を踏み出し、それと同時に思わず声が出てしまった。



しかし、やはり邪魔をしてしまったのだろうか。
何時間か前から頭を占めている考えがふと浮上し落ち込みそうになる。
浮竹に自分は必要ないのだろうか。
自分ではなく嘗ての部下に対しての言葉を自分を通して発しているのだろうか。
少しだけ面を上げ、自分を見つめる瞳には何時もの楽しげな煌きが色あせ、影が差している。
そんな辛そうな浮竹は見たくない。
どうにかしたくて一護は口を開く。



「赦せないって、何を?」

「過去の己の過失をだ。俺の判断が甘かったせいで大切な部下を死なせてしまった」

「海燕さんの事か?」

「そうだ」

「・・・・・。ルキアから聞いた。あれは浮竹さんのせいじゃないって。誇りを貫こうとした海燕さんの意志を尊重した結果だって。誰も悪くないし過失でもないって。俺もそう思う」

「戦いは海燕の意志によって成されたかもしれないが、その戦いに赴く前に敵の正体を探り対策を取ってから彼に虚の居場所を教えるべきだった。海燕の感情に流され、適切な判断が下せなかったのは俺の失態だ。どんな言い訳も出来ない」

「そんなの、浮竹さんのせいじゃない。誰だって大切なものを失った時に冷静になんてなれるはずが無い。殺した相手をなんとしてでも倒したい。そんな必死な懇願を無視できる奴なんて居ないっ」

「出来なければならないんだ。それが護廷十三隊を率いることをまかされた者の勤めだ。一時の感情に流されることなどあってはならないんだ」

「そんなのっ・・・そんなの浮竹さんじゃない。相手の気持ちを思いやって尊重してくれる。それが浮竹さんだろっ?人の気持ちも考えないで使命ばかりを優先するなんておかしいだろっ?そんな奴誰も信じてついて来るわけが無いっ!そんな隊長だったら十三番隊の死神たちがあんなに浮竹さんのこと慕ってるわけ無いじゃないかっ。そんな事もわかんないのかよっ!」

「一護・・・」

「そうだろう?違うのかよ?」

「でも、俺は海燕ばかりでなく朽木まで辛い目にあわせてしまった・・・・」

「でもじゃねぇよ!ルキアはそんなこと全然恨んでない!誰も浮竹さんを責めたりなんかしてない。いい加減自分を赦してやれよ」


必死になって自分を弁護してくれる一護を見ていると、己の浅ましさに更に嫌気が差す。
一護を試すかのように己の弱さを曝け出す自分は本当に卑怯だ。
それでも、今この時を逃したら二度とこうしてぶつかる機会は無いだろうと確信があった。
それ程に自分は弱い。
こんなも弱く醜い自分を一護は受け入れてくれるだろうか。
思わず心情が言葉となってこぼれ出す。


「卑怯な男だな俺は」

「えっ?」

「卑怯な男だ、と言ったんだ。誰かに。いや、一護。お前にそう言って欲しくて待っていたのかもしれない・・・。俺はお前が思ってくれているような男じゃない。ただの情けない男だ。赦せないんだ自分を」


自嘲したような笑みを浮かべて話す浮竹が消えてしまいそうで一護は焦る。
どうしたら彼は過去の呪縛から逃れられるのだろうか・・・・。
どんどん酷くなる雨に二人の死覇装はずぶ濡れになり、袖口や裾からは大量の水が滴っている。
このままでいたら浮竹の体調が悪くなる。
普段と違う浮竹の様子に、どうしたらよいか分からず、様々な思いが頭を過ぎり、まともな考えが出来なくなってくる。






ーーーーーー不意に想う。
目の前の男が好きだ。
卑怯だろうがなんだろうが構わない。そんな事は関係ない。
迷惑に思われてもいい。傍に居たい。
至極シンプルな想いに囚われた一護から出たのは、自分でも思いがけない言葉だった。












「俺が赦す」

「っ!」

「浮竹さんが、浮竹さん自身を赦さなくても、赦せなくても。俺が、浮竹さんを赦す。
そんでもってずっと傍に居て、何回でも悪くないって言ってやる!
だから・・・だから俺を傍に置けよ」


偉そうな口調とは裏腹に、不安そうな泣きそうな顔で必死に言い募る一護が愛しい。
試すように曝け出した己の醜さを受け入れてくれるというのだろうか。
しかも赦すと言ってくれた・・・。こんな男を赦す・・・と。



後悔しないのだろうか。
・・・・・・いや、きっと後悔するだろう。
それでも、その時もう自分は一護を手放すことは出来ないだろう。
今だって手放したくなくて足掻いているのだから・・。


「赦すと言ってくれるのか?こんな俺を」

「そうだ」

「傍に居てくれるのか?この俺の」

「そうだ」

「副隊長の席をいつかお前が来る日のために空けておいても良いのか?」

「ああ」

「そうか・・・ありがとう一護」

「おぅ・・;;;」


受け入れてくれた?不安を隠せないながらも一護は照れたように返事をする。
赦すという言葉で浮竹の悔恨が全て消えてなくなるなんて思っていない。
ただ、少しでも良い。自分の存在が彼の支えになれれば・・・・。
自分にとって浮竹の存在がかけがえの無いものであるように、浮竹にとっての自分もそんな存在でありたい。



過ぎた望みだとは思う。
でもいつか、彼の隣に堂々と立てるようになる頃には叶えたい望み。
無理だとは考えない。諦めてしまったら自分の存在理由が無くなる。それ程の想い。
浮竹が既に自分のことをそれ以上の想いをもって見つめていることに一護は気付かない。
本当は浮竹こそが一護を心底欲しているということに。










浮竹は差し伸べられた一護の手を取り抱き寄せる。
飛び込むようにしがみ付いてきた一護の体は自分同様に冷え切り、微かに震えていた。
雨から一護を守るように深く抱き込み囁く。


「愛している」


その瞬間、腕の中で一護の体が強張るのが感じられた。反射的に自分から離れようとする一護を更に深く抱きしめる。今の自分の顔を見られたくない。
ひたむきに自分を追いかけてきてくれる一護を拘束する言葉。
掛け値なしに真実ではあるが、打算も含まれている言葉。生きる理由を一護に求めている自分。
そんな大切で卑怯な言葉をどんな顔をして自分は発しているのか・・・。


「浮竹さん。俺も浮竹さんが好きだ。ぁっ・・愛して・・る;;;」


浮竹の腕の中でもがいていた一護は、どうやっても弛まない力に顔を上げるのを諦め、浮竹の首筋に顔を埋めながら自分の想いを必死に告げた。顔は勿論、耳や首筋まで真っ赤になっているだろうから、そんな恥ずかしい顔を見られなくて返って好都合だったかもしれない。



一護は浮竹から想いを告げられるとは思ってもいなかった。
自分の独り善がりとまでは言わないが、あまりの立場の違いが自分たちの間には厳然としてあることも分かっていた。
それ故にお互いにどこか一線を引いていたような気がする。そのラインが全て消えたかというとそうではない。それでも、確実に一歩進んだことは確かだった。























十三番隊の副隊長席がその空白の時を埋めたのは、それから数十年が経ってからだった。
寄り添う影の先には白髪の隊長とオレンジ色の髪の死神。
一歩先でも後でもなく常に横に並んで歩く姿は不思議と印象的だった。










END





初の浮一です・・・。
あやのさんのリクエストで挑戦していたんですが、あまりの不出来さにいつも以上に涙が出ます・・・・。
散々書き直して出来上がったのがコレかと思うと押し付けるのも躊躇します。あやのさん、こんなので本当にごめんなさい;;;
勿論返品可!なので、遠慮なく突っ返してください!
って言うかむしろ返品して下さい。本当に申し訳ない(土下座)
浮竹様はあたしごときがどうこうできるようなお方ではなかったです(涙)
妙に暗いし腹黒いし・・・。どうも間違ってるみたいですあたし・・・(汗)
しかも尻切れトンボみたいに唐突な終わり・・・。
出直してきます・・・ぅぅぅ;;;

2005.10.29