BITTER&SWEET
「旦那〜。万事屋の旦那〜!旦那ってば〜呼んでるのに聞こえないんですかィっ!!!」
周囲の視線などなんのその。
道行く人が何事かと思うような大声で叫んでいるのは、真撰組一番隊隊長沖田総悟その人だ。
荒くれ者が多いと噂の真撰組の中でも、鬼の副長と名高い土方同様。
もしくは実態を知っている者にとってはそれ以上に恐れられている人物だ。
その可愛らしい外見とは裏腹な凶暴さは、きっと実際に自分の目で確かめるまで信じられないだろう。
しかし、いざその場面を目撃したならば、誰もが二度と彼とは関わりたくないと思うという。
そんな世間の評判など全く意に介していない無神経男は、仕事明けに見つけたある人物に意識の全てを奪われていた。
前方に微かに見える渦巻き模様の着流し姿と、やけに目立つ銀髪の天然パーマは紛れもなく坂田銀時。
巷では万事屋銀ちゃんと呼ばれているなんでも屋だ。
ただし、掲げている看板とは反対に、やる気ゼロの無気力さでは他の追随を許さない人物である。
ターゲットオンされたとは露知らず、銀時は今日もいつものように仕事を探しながらブラブラと当てもなく街中を歩いているところだった。
そんな時に、もの凄〜く遠いところから自分を呼んでいる声が微かに聞こえてきた。
はっきりとは聞こえないが、確かに自分を呼ぶあの気の抜けた声には聞き覚えがあった。
足を止めて振り返った銀時の目に映ったのは、人混みの中をのんびりと歩きながら大声で銀時の事を呼び続けている沖田の姿だった。
今この瞬間でも十分遠くにいる沖田に、一体いつから自分を呼び続けていたのかと呆れる。
っていうか、こんな往来でこんな目立つことするのは止めて欲しい。
万事屋のペットである巨大生物定春と散歩してる時の方がよっぽど目立っているのだが、
それは銀時の中では日常の一コマとして認識されているので問題無いのだ。
それにしても・・・。
あれだけ大声で呼ぶくらいなら走って来るぐらいの可愛さを見せればいいのに、どこまでもマイペースな沖田にはその発想はない。
沖田は凶暴さでは土方、やる気のなさでは銀時とタメをはれる男でもあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マダオ?
結局沖田は銀時の目の前に来るまで銀時の名を呼び続けた。
銀時もまた、呼ばれ続けるのが嫌なら歩み寄ればいいのに、一歩たりともその場を動かずに沖田が来るのを待ち続けた。
ある意味似た者同士な2人だった。
「総一郎君さ〜、用があるならもっと急いで来るべきなんじゃないの?」
「旦那、俺の名前は総悟ですよ、そ・う・ご。いい加減に覚えて下せェ」
「あーそうだったっけ?総一郎君じゃなかったっけ?てか、銀さんの質問無視ですかァ?」
「本人が違うって言ってるんだから違うに決まってるじゃないですかィ。ひでェなァ旦那は」
「また無視!?明らかに酷いのはお前さんの方だろう。こんっな人混みの中で延々人の名前連呼してくれちゃって、まあ。何の嫌がらせですかぁコノヤローっ!」
「名前なんて連呼してやせんぜ。俺はただ、万事屋の旦那ぁーって言ってただけでさァ」
「だからさぁ〜それって俺のことじゃね?要は俺の事呼んだって事じゃね?嫌だね〜この子はまったく!人の揚げ足取っちゃってさー性格悪いよホント。しかもまた無視だし。どゆことこれ?」
「旦那だって人の名前ちゃんと呼んでくれないじゃないですかィ。しかも微妙に子供扱いですかィ?そんな意地の悪い人に言われる筋合いありやせんぜ。」
「更に無視かいっ!かっーなんだろうね、この子はっっ!総一郎君がお子様なのは事実だし、ああ言えばこう言うし、質問には答えないしっ!ホントに可愛くないんだから〜」
「可愛くないのは旦那の方ですぜ。それより、良いんですかィ旦那。そんな憎まれ口ばっかり言ってると今に夜道を歩けなくなりやすぜ」
「何っ!何々何?無視の次は脅しですか?天下の新撰組の隊長が善良な一般市民を脅してイイんですかっ、コノヤロー!!!」
「脅してやせん。ただ忠告してるだけでさァ。それに旦那は善良な一般市民じゃありやせん」
「こんなに良い人つかまえて一般市民じゃないなんてどゆこと???頭悪いの総一郎君?」
このアホ丸出しの不毛な会話に周囲の人々がドン引きしている・・・・。
最初は、真撰組の沖田と妙に目立つ侍が相対しているということで緊張していたのだが、彼らの会話を聞いているうちに、
その何とも下らない内容に呆れ、次いで白い目を向けつつその場を離れる者もいた。
しかも2人の子供のような言い争いは止まる気配もなく更に勢いを増しているのだから目も当てられない。
いい年をした大人の男のする事ではないだろう。
まさにマダオ・・・・・。
「で!結局総一郎君は俺に何の用があるわけ?さっさと用件言ってくんない。銀さんこれでも忙しいんだからさぁ。君だって仕事中じゃないんかい」
「嘘付かないで下せェ。旦那が忙しい事なんて年に何回も無いじゃないですかィ。それに俺は仕事明けですぜ。今屯所に帰るところだったんでィ」
「ホンっとにムカつくなァ君!一体銀さんに何の恨みがあって絡むんですかーー!!!」
「恨みなんてありやせん。そんな誤解を招くようなこと言わないで下せェ」
「・・・・・・・・・・。もうイイからさ。早く用件言ってよ」
いい加減不毛な会話に終止符を打とうと最初の質問に立ち戻った銀時だったが、更に絡む沖田にもう溜息しか出てこない。
一体何がしたいんだこいつは。珍しく2人だけで会話していることもあるが、銀時はこの沖田の絡みようが腑に落ちない。
確かに、お互いマイペースで自分中心主義な為に会話が噛み合わないことは多いのだが、こんなにも不毛なのは珍しい。
大体、いつもなら銀時の横には神楽や新八が居ることが多く、沖田との会話は主に神楽が担当しているのだ。
まあ・・・会話というよりは周囲に甚大な被害が出る乱闘になることの方が多いのだが。
「用件なんてありやせんぜ。ただ旦那を見かけたんで声をかけただけでさァ」
「はあ?何だそりゃ?見かけたってお前。あんなめっちゃくちゃ遠いところから叫んでまで人呼び止めておいてそんな理由?」
「そうでさァ。何かおかしいですかィ?」
「おかしいだろっ!普通あんだけ離れてりゃ声掛けないだろうが。ああ銀さんあんなところにいるよ、お仕事大変だな。で終わるだろっ!」
「そんな事ありやせんぜ。普通知り合いが居たら声掛けて立ち話するのが当り前じゃないですかィ」
「お前はご近所のオバちゃんかっ!そんなに井戸端会議したいんですか、コノヤロー」
「ああァァ良いんですかィそんなこと言って。立ち話ばっかりじゃなんだから俺は旦那と一緒にパフェでも食べようかなと思いやしたのに。勿論俺の奢りでね」
「マジでか!」
パフェと聞いただけで途端に輝く銀時の瞳。
いざという時煌くという瞳は、専ら糖分を摂取する時に目撃することが出来る。
沖田はこの表情が見たくて銀時を構っていると言っても過言ではない。
本当なら出会ってすぐに誘えば良いのだろうが、それでは面白くないし勿体無い。
何だかんだと仕事が忙しくて滅多に銀時には会えないのだ。
久しぶりに会えたとなれば、折角だから自分の気が済むまで銀時をからかわなくては。
銀時にとっては迷惑千万なだけだが沖田にとっては最高の息抜きだ。
こんなに面白い男はそうそういない。
何だか最近やたらと銀時が気になる沖田は、そんな自分が少し不思議でもあり新鮮でもあった。
本来自分はあまり他人に興味がないのだ。
唯一好きだと思うのは近藤と、なんだかんだと言いつつ土方。
隊士達も勿論仲間だから大切なのだが、先の2人とはその差がありすぎる。
だが、銀時だけは近藤土方に匹敵するほどの興味を惹かれている。
一見だらしなくてやる気なさそうな男の内面には深淵がある。
それが何となく分かる。
だからだろうか。
興味だけでは無い何かを感じているのは。
それが何なのかはまだ分からない。
いや、薄っすらとは予感している。
その時が来たら確実に変わるだろう自分たちの関係。
それでもまだこの気楽な関係を壊したいとは思わない。
「マジですぜ。でもなァ・・・旦那忙しいんでしたよね。パフェ食べてる時間なんてありやせんよね。残念でさァ」
「はっはっはっ、嫌だな〜沖田君何言ってんの!銀さんは大人だよ。大人は忙しい時こそやり繰りして時間を作ることが大切なんだよ。だから今もこうして沖田君に付き合ってられるんじゃないか。だから当然パフェ食べる時間ぐらい作れるに決まってるだろーー!」
「そうですかィ?でもなァ旦那の貴重な時間をこんな事で更に潰すのは申し訳ないですしねェ」
「イヤイヤイヤ!全っ然申し訳なくないから!銀さんどこにでも付き合うから早く行こう!てか、この近くに良い店知ってるんだよ」
大人の威厳なんてどこにもない。
只々パフェが食べたくて必死になっているガキンチョがそこには居た・・・。
現金な事に、いつの間にか名前もちゃんと呼んでいるのが更に笑える。出来れば名字ではなく名前で呼んで欲しいのだが。
目をキラキラさせながら必死で自分を覗き込んでくる来る銀時が可愛い。
もう少し焦らしたいところだが、これ以上長引かせると逆切れして暴れそうなので止めておこう。
それにこんな銀時を公衆の面前で晒しておくのも何となく嫌だ。
「わかりやした。じゃあその旦那お勧めの店に行きやしょうか。案内して下せェ」
「良しきた!じゃあこっちだから。早く行こう沖田君」
「そんなに引っ張んないで下せェよ旦那。隊服が伸びちまいやす」
言質をとった銀時は逃してなるものかと沖田の腕を掴んでどんどん歩いている。
他人の奢りで食べるパフェほど美味いものはない。
例えその裏に何か良からぬ企みがあろうとも、銀時にとって今は目前のパフェの方が大事だ。
そんな子供のような銀時を見ながら沖田は笑う。
もう少しこの居心地のいい状態を堪能したい。
始まっているかどうかも分からないこの感情の行方を確かめるのはまだ先で良い。
時間は多分たっぷりとあるはずだから。
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