シークレットナンバー








「おーい、そこのあんた。ちょっと使いを頼まれてくれないか?」


あちらこちらの分館から爆音が響き、辺りは騒然としていた。
そんな騒ぎの中、たった今第三分館から部下達を引き連れて外に出て来たある大尉は、
自分目掛けて走り寄ってくる少年に声を掛けられた。
その少年は、広場の一角を占める巨大な岩の固まりの上から飛び降りたのだが、
一体この岩は何なのだろう?
”絶対”と断言できるが、今までこの広場にこんな物はなかった。
彼の後ろに控える部下達からも驚きの声が上がっていた。
それはそうだろう。

そんな彼らの困惑を他所に、自分を目指して掛けてくる少年の姿はあっという間に目の前に迫ってきた。
大して長い距離では無いとは言え、恐るべき足の速さである。


「あ、丁度良かった。あんた大尉だよな。だったら、この番号に電話して俺の指示を伝えてくれよ」


自分の目の前に立った少年は、素早く軍服の徽章を確認すると、理由も言わずにそう捲し立てた。
民間人である少年にこんな事を指示される謂われは微塵もない。
突然の事に、大尉は一瞬にして怒りが込み上げてきた。一体何だというのだ。


長い金色の髪を三つ編みにして黒い上下の服に真っ赤なコートを着た少年はしかし、
驚くほど綺麗な顔をしていた。
金色に光る瞳は見る者の注意を引きつけずにおけない強い意志と煌めきを宿し、
スッと通った鼻筋から唇へのラインは、少しだけ子供らしさを残した丸みを帯びた頬へと繋がり、
その事が返って中性的な魅力を醸し出しており、ジッと見詰めていると顔が火照ってくる。
黙っていれば間違いなく美少女だと錯覚してしまうところだが、
先程の言動を聞いた後ではその可能性は無いだろう。
美しさと反比例するちょっと乱暴な口調に、なんだかガッカリしてしまった大尉だった。
人には、その容姿に見合った立ち居振る舞いというものが求められると思うのは自分だけだろうか?
勿体ない。


「ちょっと、あんた。俺の話聞いてんのかよ?」


自分の胸の内で葛藤していた大尉の物思いをぶち破る問い掛けが、
目線より10p下の辺りから聞こえてきた。
美しくて生意気な少年は、余り背は高くないようだ。
恐らく170pあるかないかだろう。
それにしてもぞんざいな話し方をするのが気になる。


「さっきから君は何を言ってるんだ?何故私が君に指図されなければならないんだ」


ようやく本調子が戻ってきた大尉は、藪から棒に自分への用事を言いつける少年に注意をした。
この騒ぎの中、こんな少年の事など構っている暇はないのだ。


「だから、さっきから言ってるだろ?伝言を頼むって。俺はこれから中央司令部に行かなきゃならないから、電話なんてしてる暇ないんだよ」

「あのな、君が中央司令部に行くからといって、私が君の用事を受ける筋合いはない。いいからさっさと行きなさい」

「あんた馬鹿か?この状況を見て俺が民間人な訳ないだろうがっ!俺は東方司令部所属の少佐だ」

「は?君が軍人で少佐?何訳の分らない嘘を言っているんだ。いい加減にしないかっ!」

「いい加減にするのはあんたの方だっ!今は休暇中で身分証明書は持ってないけど、
そんな場合じゃないだろうが!早くしないと中央司令部がヤバイ事になっちまうんだよっ」

「ヤバイ事?どういう事だ?」

「そんな事詳しく説明してる暇はない。いいから、この番号に直ぐに電話して、今から俺が言う事を伝えてくれ」


そう言って、ポケットから出した手帳を一枚破り取って何かを書いていた少年から手渡されたのは、
確かに軍特有のコードが記された番号だった。
40歳を過ぎ、軍歴20年の自分が今まで見たことの無い番号ではあったが、
その法則性は確かに軍のみで使われているモノに間違いない。
信じがたいことではあるが、本人が言うように、
この少年が軍の関係者であることは間違い無いのかもしれない。
ようやく大尉の中に自分の言葉が浸透したと感じたのだろうか。
金色の少年は聞く耳を持ち始めた大尉に、驚くべき内容を伝えた。


「じゃ、よろしく頼むな。少しの遅れで取り返しの付かないことになるんだからな。
この作戦が上手く行くかはあんたに掛かってるんだぞ!」


呆然としたままの大尉に、エドワード・エルリックと名乗った少年は手を振りながら駆け去っていった。
正に台風並の威力を持った少年だった。
が、大尉が、この少年の凶悪さを骨身に染みて実感するのは、実はこの後だったのである。





「一体誰に繋がってるんだ?この番号は・・・」


渋々。
正に渋々といった表現が似合いそうな様子でエドワードに用事を言付かった大尉が、
電話交換手の女性にエドワードから手渡されたメモを渡す。


「この番号に至急繋いで貰いたいのだが」

「わかりました。お待ち下さい。「あ、あの、すみません。
今代わりますのでお待ち下さい。あ、た・・大尉、お願いします」


女性が最後の番号を押してからワンコールもしないうちに相手が電話を取ったようだ。
そのことに驚いた女性がしどろもどろになって対応している。
確かに相手の反応が早かったようだが、そんなことはまま有ることだろう。
そんなに慌てるようなことだろうか?
一気に顔色を無くした女性の慌て様に大尉は訝しむ。


「エドワード!君からこの電話に連絡してくれるなんて初めてだな。一体どうした?」


電話を代わった途端に、嬉しくて堪らないという気配が如実に伝わってくる声音で
一気に捲し立てられ、大尉は呆気に取られた。
これは本当に軍内の公用電話なのか?
まるで恋人に連絡を貰った男の様な口ぶりじゃないか。
なんたることだ。


「もしもし。君はどなたかな?」

「エドワードではないな。君は誰だ?何故この番号を知っている?」


相手を問うた大尉の耳に流れ込んできたのは、先程の浮かれた声とは一転して、
聞く者を従わせずにおかない低く威厳のある声だった。
その聞き覚えのある厳しさの滲んだ声音で、確かに彼はエドワードと言った。
信じられないことだが、やはりあの少年は軍人だったのだ。
そして、更に信じられないことだが、この電話の先にいる人物は・・・・・・まさか・・・・。


「だ、大総統閣下っ!」

「無論。ブラッドレイだが。君は誰だ?何故この番号を知っている?
二度も同じ質問をさせないでくれると助かるのだが」

「ど、どうして・・・!?」


やはり!
驚くべき事だが、電話の向こうから聞こえてくるその声は、
一度耳にしたら絶対に忘れられないこの国の支配者のものだった。
な・・・何故っ!!!
あの少年は確かジジイに伝えてくれと言ってはいなかったか?
それがまさか大総統の事だとは誰も思わないだろうに!
あまりの事に自分の耳が信じられなくなった大尉は動転し、
恐れ多くも大総統閣下の質問を二度も無視するという暴挙に出てしまった。
不可抗力とはいえ大失態である。
軍人たるものいかなる状況下でも平静を保ち最善の力を尽くすのが本分であろう。
とはいえ、何とも気の毒な立場に立たされたことは間違いない
まあ、運が悪かったとしか言いようがない。


「どうしてとは私の言葉だ。いい加減私の質問に応えてくれないかね」


自分の秘蔵っ子であるエドワードとは似ても似つかない相手からの電話に
腹が立ったのと、常に頭の切れる側近に囲まれているためだろうか。
反応の鈍い相手にブラッドレイの不満が募る。
その不機嫌さが如実に音となって相手の大尉へと伝わったらしく、
最大限の力を発揮して、遂に、大尉は自分の頭を無理矢理正気に返らす事に成功した。


「わ、私は・・・・・・・・・」


震える声でエドワードからの指示をどうにか伝えた頃には、大尉の精根は尽き果て、
心なしか老け込んだように見えたとは、電話交換手の女性の証言である。
この大尉のこれ以上の出世は望めないかもしれない。
何とも罪作りなのはエドワードとブラッドレイである。






「君からの電話が初めて掛かってきたと思って喜び勇んで出たら、
見も知らない男からだったんだぞ。私の落胆が如何ほどだったか君に解るか?」

「知らねーよ、そんなの。大体あんたに直接電話する用事なんてまず無いって言ってんのに、
無理矢理直通番号を押しつけたのはあんたの勝手だろ?
それが今回役に立ったんだから良いじゃないか。俺は悪くない。
大体、あの緊急時に俺が呑気に電話なんてしてたらテロリスト達を
事前に一網打尽にするなんて出来なかっただろうが」

「だったらせめて私への直通番号ではなく、補佐官室への番号へ掛けてくれたら良かったではないか。
そうしたら過度な期待をせずに済んだのに」

「俺の名前で補佐官室に掛けても何処の誰だって事になって、あんたに繋いで貰えないじゃないか。
あんたの補佐官達は俺のことよく知らないだろう?」

「君のことは彼らには伝達済みだ。君からの連絡は最優先で私に回すように言ってある」

「んな事いったって俺はそんなこと知らねぇもん。たくっ、過ぎたことをいつまでもぐちぐちと煩いぞ」


恋人からの電話を心待ちにしていたら、見ず知らずの男からの電話だったことに怒っている、
乙女のような発言をしているのが、よもやこの国の大総統であるとは誰も思わないだろう。
そして、その相手が僅か17歳の少年だというのだから更に驚く。
言わずと知れた、ブラッドレイとエドワードの会話である。
更に言えば、中央図書館を襲撃したテロリスト達を捕らえた後、
大総統府の襲撃を計画していた残りのテロリスト達を一網打尽にした捕り物直後の会話でもある。
恋人の不実を詰るような大総統の発言にはもの凄く怖いものがあるが、
幸いというか当然というか、大総統室には誰も居らず、2人は心置きなく不穏な会話を続けていた。
が、エドワードにしてみればいい加減にして欲しいというのが本当の所だろう。
こんな事をしにセントラルへ来た訳じゃ無いのだ。
いい加減潮時だろう。
そう思ったら即実行である。


「俺はもう帰るから、後のことはよろしくな」

「もう少しゆっくりしていけば良いではないか」


話を切り上げさっさと帰ろうとするエドワードをブラッドレイが引き留めるが、
そんなことで足を止めるエドワードではない。
聞く耳持たずと言った様子で足を出口へと向ける。
その迷いのない足取りに引き留めを諦めたブラッドレイが、それでも最後に一言だけ釘を刺す。


「次に君以外の人間からあの番号へ電話が掛かってきたら、
有無を云わさず君を私の後継者だと発表するからそのつもりで」

「ふざけんなっ!」

「ふざけてはいない。真面目な話だ」

「・・・・・・・・・・っ!解ったよっ!」

「なら良い」


満足げなブラッドレイに対し、エドワードの機嫌は急降下である。
何だって自分がこんな理不尽な脅しに脅かされなきゃならないのだ。
全く理屈に合わない。マジムカツク!
ニコニコと見送るブラッドレイを睨み付けながら部屋を出たエドワードは、
怯える補佐官達の視線も無視して足音荒く大総統執務室から出て行った。

そして誓った。


金輪際、あの番号には電話はしない!!!
優秀すぎる頭には、既に忘れようとしてもあの番号がこびり付いてしまっているけれども、
何があっても絶対に電話はしない!
と。


この誓いは守られ、大総統執務室のあの電話が鳴ることは二度と無かった。
何故といって、あの番号の電話は、唯一エドワードとの直通電話として、
ブラッドレイが引いたものだったからである・・・・。


大総統執務室には3台の電話機が備え付けられていた。
一つ目は、補佐官室と繋がっている一般用電話。
二つ目は、各地方司令部の司令官や高官達と繋がっているホットライン用電話。
三つ目は、エドワード・エルリック(現在は)少将とのホットライン用電話である。


三つ目の電話に関しては、何故この電話機が大総統の一番近くに備え付けられているのか
解らない程沈黙を守っていることに、優秀な補佐官達は一切気が付かないフリをして日々を過ごしていた。
何時の世も、苦労するのは下っ端と決まっているのである。
彼の大尉しかり・・・・・・。




END




私にしては凄く早く拍手を更新しました!

全然褒められる所じゃないですが;;;

今回もお得意のオリキャラ出現話です(苦笑)
名前もない一大尉の悲劇を書いてみました。←大袈裟;;;
時間軸としては、「Memories of blue」の第5話で、
ロイが軍人達と少し悶着を起こしているのを見てから、
エドワードがレオン・マスタングと会う間くらいのお話です。
傍若無人な人達に翻弄される側の人間の不幸を書いてみました(笑)

如何でしたでしょうか?
少しでもクスリと笑っていただけたなら幸いです☆

りお拝

2012年9月17日にUPした拍手でした。
前回の更新から一ヶ月後という、私にしてはめっちゃ早い更新でしたv
自慢にならないけど・・・・(汗)


2013年4月21日拍手より移動。