危険な恋










身の程知らずと罵られても、後悔するよりはましである。
そう思った心情は理解できる。
だが、それも時と場合と相手をよく見て行動を起こさなければ、只の暴挙である。


激情に駆られ、他のものが一切目に入らなくなったある一人の青年が、
自分の目の前を走り抜ける人物を逃すまいと手を伸ばした。



「とっ、突然ですが一目惚れしました!すっ・・好きです!僕と付き合って下さい!!!」


その青年は、ダダダーッと目標の人物の前まで突進し、その勢いのまま大声で告白した。
そして、突然の出来事に驚いた相手が油断した隙に、ガシッと彼の人の二の腕を両腕で掴む。


奇跡的に成功した奇襲攻撃とその根性は見上げたものだが、如何せん唐突過ぎた・・・・・。


「はっ?」


衝撃的な発言に、言われた当人は直ぐには対応できず、ただポカンとしていた。
まあ、それも当然だろう。


呑気にも、そんな茫然とした表情までもがなんて美しいのだろうと、青年は思っていた。
おまけに、やはり自分が一瞬で虜になったことだけはある等と、感歎していたりした。
この青年。無謀な上に自意識過剰でもあるらしい。


何の事か分らないというようにポカンとしたままの想い人。
魅力的な美しい顔が自分を見つめている状況はとても嬉しいのだが、このままでは埒があかない。
気を取り直した青年は、再び己の熱い想いを告げた。


「あの・・その・・・・。ですから・・・・僕と」

「お前と?」

「付き合って下さいっ!!!」

「誰が?」

「貴女です!」

「俺?」

「はっ、はい!・・・・・・・って。・・・・えっ?俺?」

「お前と付き合うつもりはない。ってか、俺のどこが女に見えるってんだ、この野郎ーーっ!」


礼儀知らずな青年の言動に思いっきりムカついた彼の人物は、
掴まれたままだった腕を振り解き、逆にその青年の胸倉を掴んで捻りあげた。
流れるような美しい動きは、見る者が見たら思わず見惚れる一瞬の出来事だったのだが、
此処にはその凄さが解るような人物はおらず、衝撃を受けた青年が上げた叫びだけが辺りにこだました。


「ええええーーーーーーーーーーっっっ!!!」



秀麗すぎるといっても過言ではない美しい顔を鬼の形相に変えて、情け容赦なく自分を締め上げる想い人に青年は涙目である。
驚いたのと悲しいのとが入り混じっての涙であろう。
いや、絞められた首が苦しくて自然と溢れ出る涙だというほうが正しいかもしれない。


セントラルシティ中心街。人通りの多い昼間の繁華街での珍事である。
当然ながら道行く人々が何事かと足を止めてこの光景を見ていた。
その数ざっと50名。


物見高い人々の表情は様々だったが、一番多くみられたのが、勇気ある青年に対する同情だった。
その次に多かったのが驚愕の表情で、その視線は青年をふった人物へと向けられていた。


”いや、普通に女性に見えるから!寧ろそこらの女性より綺麗だから!!”


それが彼らの共通する思いだった。
だが、更にもう一つ、彼らは思いを共有していた。


”青年よ。相手をよく見てから行動を起こせ”


と。


「少将。行きましょう。時間がありません」


連れの、部下であろう黒髪の軍人が、男とは思えない麗人にそう呼びかけた。


そう。無謀にも青年が電撃告白した相手は軍人だったのである。


確かに、軍服のデザインは男女差がなく、見かけだけでは見分けはつかないが、
通常なら体格や顔を見れば間違える事はない。
だが、この人物だけは別だった。
神に愛されているかのごとく秀麗な美貌。
一見して軍人とは思えない位しなやかでほっそりとした肢体。
背に流れる美しい金髪が軍服の青によく映えている。


誰もが知っている人物ではないが、一目見たら忘れられないその人物とは。
勿論、エドワード・エルリック少将その人だった。



「こんな失礼な言動を見過ごして行けるかっ!」

「失礼も何も、彼は別に悪くありませんよ。ちょっと間違った勇気と度胸が必要以上にあって、何よりも大切な注意力と思慮が足りなかっただけです」

「十分悪いじゃないかっ!」

「そうですね。確かに彼が悪いです。認めます。ですが、今は時間がありません。怒るのは後にして下さい」

「何だその投げやりな言い方は!全然気持ちがこもってないぞっ、ロイ!」

「そんな事はありません。十分立腹してます」

「ホントかよ。何か嘘臭いぞ」

「本当です。良いからその手を離して下さい。死にそうになってますよ」


ロイにそう言われて、エドワードは自分が首を締め上げている青年に目を向けてみる。
青褪めた青年の顔からは生気が感じられなくなっており、確かに後数秒で死にそうになっていた。
仮にも軍人が、罪もない(イヤ、罪はある!侮辱罪という罪が!)民間人を殺してしまっては洒落にならない。
エドワードは渋々手を離し青年を解放した。
力なく地面に崩れ落ちる青年の姿が、なんとも哀れを誘う。


普通の神経を持っていたら話しかけるのも躊躇するような相手に告白するだけあって、その青年は結構な男前だった。
ただ、不幸なことに想像力に欠けていたようである。
普段、モテるだけに自分が振られる光景が想像出来なかったのが敗因だった。
例えば、今回の相手がエドワードでは無かったとしても、突然見ず知らずの男に腕を掴まれて、
公衆の面前で告白されてOKする女性はいないだろう。
そんな簡単なことも分らないお粗末な頭を持っていたことが青年の不運であった。



「君。住所氏名を言いたまえ」

「・・・・・・・・・」


打ちのめされたままの青年に容赦なく突き刺さる氷のような声の主は、黒髪の軍人ロイ・マスタング少佐だった。
エドワードを相手にしていた時とは比較にならない低い声のトーンに、詰問された青年はビクッと体を震わす。
只でさえ落ち込んでいるところにこの追い撃ちはキツイ。


金縛りにあったように固まった青年に更に目尻を釣り上げ、ロイは容赦なく再度問質す。


「聞こえないのか?早く答えろ。我々には時間がないんだ」


チラリと見上げた視線の先に、黒髪の軍人の冷徹な瞳。


『答えなかったらどうなるか分かっているのか貴様』と、その瞳は雄弁に語っていた。


生命の危険を感じた青年は、震えて上手く開かない唇を懸命に動かし、正直に自分の住所氏名を答える。
嘘をつく余裕すらなかったのだが、後に、何があっても嘘を付くべきだったと青年は悔む事になる。



何か事件でもあったのか、本当に急いでいたのだろう。
ガクガクと震えて怯える青年から必要な事を聞き取り、二人の軍人は慌ただしく去って行った。
そんな二人を見送る青年の瞳は、気の毒なほど虚ろでぼんやりとしていた。





「ロイ。お前なんかめっちゃ怖い顔してるぞ」

「別に普通です」

「イヤイヤイヤ。普通じゃないから。鏡見てみろよ、鏡」

「鏡なんて持ってませんよ。そんな事よりも急いでください!大総統が待ってるんです!」

「分ったよ!ちぇ、面倒臭いったらないぜ」


脱兎の如く走る軍人二人はかなり怖いものがあったが、そんな事は知った事ではない。
それよりも、ロイの関心を占めているのは先程の馬鹿青年の事である。
選りによってエルリック少将に告白するなど言語道断!身の程知らずの暴挙である。


エドワードが指摘したような恐ろしげな顔つきでロイが考えていたのは、青年への制裁である。
殺す訳にはいかないし、暴力を振るうわけにもいかないが、浅はかで軽率な行動を嫌というほど後悔するようにしなければならない。
どうしてくれようか・・・・・。


ロイの大切な将軍に手を出したのだ。
赦すわけにはいかない。


そう。エドワードの手前、気のない素振りをしていたのは見せかけで、
実はエドワードよりも怒っていたのはロイの方だった。


恋する(?)男の嫉妬は何よりも怖いのである。




END






思うように使えないPCでちまちまと書いていた拍手用SSです。
相変わらずオリキャラ大暴走のワンパターンな小話になってしまいましたが、
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです☆

街中を走り抜ける将軍とロイですが、
きっとまた抜け出した将軍をロイが探し回っていたんでしょうね;;;



2011年9月5日にUPした拍手でした。
またまたほぼ一年放置してしまった・・・・・(汗)
ごめんなさい。