Secret talk?













天井が高く、人間が100人居ても狭さを感じさせないだけの奥行きを持った空間にあるのは、
巨大な執務机と、来客用の柔らかな黒革製のソファと大理石のテーブル。
執務机の後ろにある大きな窓と、キャビネット。
そして、入口の横と窓の両脇に置かれた観葉植物のみだった。
華美ではないが、それらの家具が良く見なくても高級で品の良い物だと分かる。
シンプルで一見がらんとしてみえる広い空間だったが、
訪れる殆どの人間にとっては窮屈で圧迫を感じる空間でもあった。
その理由は、間違いなく部屋の主である人物の存在が大きかった。


問題のその部屋にエドワードが入ってから、かれこれ1時間が経過していた。
エドワードは、多くの人物が執務机の前で直立不動のまま過ごす、緊張感溢れる部屋で、
あろう事か来客用のソファにだらしなく寝そべっていた。
更には、目の前に居る人物の話を聞いているのかいないのかも分からない。
何故なら、肘掛けに凭れさせた顔を見れば、その瞳は固く閉じられていたからだ。
只、時間が経つほどに深くなっていく眉間の皺で、起きていることが分かる。


全身で不機嫌極まりないと訴えているエドワードとは対照的に、
何が楽しいのかニコニコと笑顔を振りまいているのが、誰あろうこの国の最高権力者である
キング・ブラッドレイ大総統その人であった。
その、大総統を大総統とも思わない態度をとるエドワードも凄いが、
入室してからずっと不機嫌なエドワード(コレはいつものことであったので、最早気にならないらしい)に頓着することなく、飽くことなく話かけるブラッドレイも何だか凄い。


尚、恐ろしいことに、大総統執務室で繰り広げられるこの遣り取りは、既に恒例になりかけていた。
最低でも月に1回。
多ければ月に3〜4回も繰り返されているのだ。
会話の内容はその時々で違うらしいのだが、その実態を正確に知る者はこの2人以外にいなかったので、外部の者は想像するしかなかったのだが。


もしこの部屋に第三者が入ってきたら、この光景を見て絶句することは間違いない。
当然だろう。
どこの国に、将官とはいえ一介の軍人が、自国の最高権力者の前でこの様な態度を取れるというのか。
しかも、その不遜な態度を咎めるでもなく、常とは掛離れた上機嫌さで止め処なく話し続ける大総統など見たこともない。
一体この2人の関係はどうなっているのかと、つい勘繰ってしまうのは当たり前だろう。
だが、幸いにして、今まで唯の一度でもこの光景を見ることが出来た人物は居なかった。
何故ならば、エドワードが居る間の来客及び謁見は、大総統自身によって、きつく止められていたからだった。
もし、この命令を破るようなことがあったら、命令を受けた3名の補佐官の命はないだろう。
大袈裟ではなく、補佐官達は大総統からこの命令を告げられた時の耐えられないような威圧感でそれを感じ取ったのだ。
勿論、国の根幹を揺るがすような大事件が発生した場合は除外されるのだが、そんなことはまず早々有り得ない事だったので、運悪くこのイベントに遭遇してしまった補佐官は、隣の補佐官室で
エルリック少将が出てくるのをじっと待っているしかなかった。
この件で一番被害を受けているのは、実はこの補佐官達なのではなかろうか?
本当に気の毒である。








「どうだ、エドワード。そろそろ次に進んでも良いのではないか?」

「だからっ、嫌だって言ってんだろうがっ!何回同じ事言えば気が済むんだよ、あんた」

「何度言っても気など済まんよ、エドワード。君がYESと言うまではな」

「だからぁ・・・嫌だって言ってんだろうがっ、たく。これ以上自由がきかなくなるのは嫌なの。俺はっ!」

「その件は問題ないと言っているだろう。君の裁量権は無制限に与えると」

「・・・・・あのなぁ。これも何回も言ってるけど、あんたがやるって言ったって、周りの奴らはそんなの認めないんだよ。分かる?特例なんてのは有り得ないの」

「そんなことはないだろう?現に君は今だって自由に行動しているじゃないかね?」


確かに、大総統に対しての態度を考えれば否定は出来ないだろう。
だがしかし!


「うっ・・・そ、そんなことは無ぇよ。結構窮屈な思いしてるんだからな、これでもよ」

「例えばどんなだね?」

「例えばって・・・・。それはその、通りすがりに嫌味言われたり、部下が嫌がらせされたり、面倒臭い仕事押しつけられたり。―― 兎に角、色々だよっ」

「君が嫌味の一つでへこたれるとは思わんし、君の部下達だって一筋縄ではいかない者ばかりで、程度の低い嫌がらせに屈してるとも思えんな。それに面倒臭い仕事といっても、どうせ君の能力があれば問題なく処理できるものばかりだろう」

「・・・・・・メンドクサイ仕事の殆どはあんたが持ってくんだろうが」


過去の事例を思い出して、一気に嫌な記憶が蘇ったエドワードは、思わず愚痴をこぼす。
大総統に対して、その何とも迷惑そうで憎々しげな態度と言動は、今更だが凡そ将軍らしくない。
それもこれもエドワードだから許されている事ではある。
一体、ブラッドレイにとってのエドワードとはどういう存在なのだろうか?


「何か言ったかね、エドワード」


聞こえているだろうに聞き返す、その嫌味な笑顔と態度にも腹が立つ。
自分がやる分には良いが、人に遣られると頭に来るのである。
つくづく大人気ない。 


「別にっ!兎に角、俺は嫌だからな。分かったらもう帰るから。仕事残ってんだからよ」

「優秀な君のことだ。どうせ大した仕事など残っとらんだろう?もう少しゆっくりして行きなさい。新しくお茶でも入れるかね?」

「いらねぇよ。今日はもう帰る。んじゃな」


もうこれ以上は付き合ってられないとばかりに、ソファから起き上がったエドワードを引き留めたのは、
ほんの少しだけ真剣な表情になったブラッドレイだった。


「エドワード。自分が受けた勲章の数を覚えているか?正装したときの軍服の重さを理解しているか?」


問いかけにゆっくりと振り向いたエドワードは、肩を竦めながら両手を開いてみせる。
その仕草が態とらしく見えないのは、その秀麗な容姿の故だろうか。


「知らねぇよ、そんなの。数えた事もないし覚えてもいないね」

「では自覚すべきだな。既に今の地位では持て余すほど多くの栄誉と称号が君にはあることを」

「だからってこれ以上昇進なんてしたくないんだよ、俺は。大体、将官にだってなりたくなかったのに、無理矢理昇進させたのはあんたじゃないか。いい迷惑だぜホント」

「仕方なかろう?君にはそれだけの能力と人望がある。それを無視していつまでも佐官のままでは無理があったのだから。事実、将官になったことで風通しが良くなった事もあるはずだ。違うかね?」

「・・・・・・」

「否定できまい?今度だって同じ事だよ。エドワード。君が拒否しなければ、出来れば中将ではなく大将になって欲しいところなのだからな」

「幾ら何でもそりゃ無理ってもんだ。誰も納得しねぇよ。んな無茶な昇進人事はよ」

「何を言っているのかね、エドワード。大将どころか君には大総統になって貰わねばならんのだ。今からその覚悟をしておいて貰わんと困るというものだ。何せ、私は老い先短い老人なのでね」


毎回毎回飽きもせず何を言ってんだ、この爺は。
話にならないと、首を振りながらエドワードは溜息をつく。


「だからぁ。あんた人の話聞いてんのか?しかも大総統って・・・・。またその話かよ。それだって俺は嫌だって何度も言ってんだろうが・・・。大体あんた殺したってまだまだ死にそうに無いくせに、どの口が言うんだよ。ったく」

「この口だが?それに、エドワード。君が大総統になるのは昔から決まっているのだから、逆らっても無駄だぞ」

「逆らうに決まってんだろうがっ!誰が決めたんだよ、んな事」

「私が決めた。故にこれは決定事項だ。諦めたまえ」


いつもながらの、あまりにも横暴な物言いに怒りが頂点に達したエドワード。
いつも通りの奥の手を出した。

曰く。


「じじい。俺は今すぐ軍を辞めたって良いんだからな。そこんとこ分かってアホな事言ってんだろうな」

「・・・・・・」


地位や名声に何の興味もなく、辞めると決断したエドワードが、何の未練もなく去っていくことをよく知るブラッドレイは、いつもこの手で遣り込められる。
だが、エドワードが軍人という職業に対して多少の愛着を持っているだろう事は疑いようがない。
本人は否定するだろうが、正義感が強く、曲がったことが大嫌いで優しいエドワードは、
国の危機を見過ごせず、国民の生活を安全に保つことにも遣り甲斐を見出しているはずだ。


普通の人間ならば、真っ直ぐな心根のまま上にのし上がるのは、出来ないとは言わないが、
本当に難しいだろう。
だが、エドワードは違う。


自分の信念を貫いて、妥協することなく物事を解決していく能力と、
人の目を惹かずにはおかない強烈なカリスマ。
世間で天才と称される人々が束になっても軽く凌駕する驚異的な頭脳。
そして、本人がどう思っているかはともかくとして、誰をも魅了してやまない、
目を見張るほど美しい容姿がある。
これらは、得ようとしても得られない素晴らしい才能であり資質である。
故に、ブラッドレイは夢を見るのだ。
自分亡き後の国をエドワードが導く未来を。


まあ、どんなに評価されようとも、エドワードにしてみたら迷惑以外の何ものでもないだろうが・・・。
エドワードの気持ちは分かっていても諦められない。
それがブラッドレイの正直な心情であった。


「今度こそ分かったみたいだな」


黙り込んだブラッドレイにしてやったりと、意地の悪い、それでも花が綻ぶような綺麗な笑顔を見せるエドワードに、毎度のことだが取りあえず折れたことにする。
何れ、どんなにエドワードが固辞しようとも、その飛び抜けた才能と実績や人望が、自然と頂点へと。
大総統の座へと導くだろう。
それまでは、クルクルと変わるエドワードの表情と心弾む遠慮のない会話を楽しむことにしよう。


「今日の所はな」

「たくっ、懲りねぇよなあんたも。俺は意外と忙しいんだからな。暫くは下らない用事で呼び出すなよ」

「私は下らない用事で君を呼び出したことなど無いがな」

「よく言うぜ。んじゃな」


背を向けて歩きながら左手をひらひらと振り、エドワードは大総統執務室を後にした。
エドワードがこの部屋に足を踏み入れてから1時間半が経過していた。











「お疲れ様です、将軍」

「只今、ロス少尉。ああっーーーームカつく!」


バタンッ!と、勢いよく開かれた扉から入ってきたエドワードは、労いの言葉で出迎えたロス少尉に笑顔で応えた後、一転して眦を決して怒気を顕わにする。
エドワードは不機嫌だった。それはもう本当に不機嫌だった。
だが、エドワードが大総統の呼び出しから機嫌良く帰って来る事は殆どないため、
司令室の面々は慣れっこだった。
しかし、疑問は尽きない。
一体どんな会話が交わされ、こんなにも不機嫌になって帰ってくるのか、と。


「将軍、こちらの書類の決裁をお願いします」

「あっ、こっちもお願いします」

「俺のもよろしくっす」

「・・・・・・・・・っ(怒)」


怒りに駆られた将軍の鬼神の如き仕事ぶりを熟知している部下達は、
エドワードが席に着くや否や、ここぞとばかりに溜まってしまった書類の決裁を申し出る。
何事も、慣れというモノは恐ろしい。
玲瓏とした綺麗な顔をしているだけに、怒りを顕わにしているエドワードには近寄りがたい雰囲気が満ち溢れている。普段から付き合いのある者でなければ、同じ空気を吸うことすら難しいというのに。
今や、エドワード・エルリック少将率いる司令室の面々は、猛獣使いもかくやと思われる技を身に付けていた。


只、忘れた頃に実行される報復行為には未だ慣れなかったのだが・・・・・。








END




大総統に度々呼び出される将軍は、一体何をしに行っているのかというお話でしたv
実は中将への昇進を勧められて、それを突っぱねていたのでした(笑)
ただ、毎回毎回昇進話ではなく、難しい事件や国防に関する話題も
相談しているのですv
どっちにしても、面倒な話には違いないのですが、
昇進したくないエドワードにしてみたら、仕事の話をされる方が
何十倍もマシなのでした;;;
しかし、功績を挙げると更に昇進が近づくというジレンマが発生します;;;
そして、被害を被るのは補佐官達と部下達というオチ(苦笑)

結構前から、いつか書こうと考えていた話なんですが、
自分が異動した後、急に全体が見えてきたので纏めてみました☆


2010/04/29