Seating













「よし、じゃあ席替えするぞ〜!」

「「「「「「はぁ???」」」」」」

「何ですと?」


一体何が「よし」で、どこから「じゃあ」と繋がったのか全くの意味不明。
挙げ句の果てに出てきた言葉が「席替えするぞ〜」である。
将軍閣下のこの発言に、自分達の上官の型破り具合をよく承知しているロイ達は、イヤな予感がビシバシとした。
案の定。というか、当然というか、その予感は当たった。





麗らかな春の日差しが差し込む暖かなその日。
珍しく非番の者が無く全員が出勤していたエドワード・エルリック少将率いる司令室の面々は、もの凄く暇だった。
どれだけ暇だったかと言えば、こんなにも暇な日は3年に一回だって無いのではないかと思われるほど暇だったのだ。
普段は神懸かり的なスピードで書類を決裁している将軍の机の上には一枚の書類もなく、将軍の書類がないと言うことは将軍に報告する書類を作成している部下達の机の上にも無いということだ。
お陰で、早くも眠気に誘われた部下達の何人かは不謹慎にも船を漕ぎ始めていたり、一方では本を読んでいたりとやりたい放題好き放題のゆる〜い雰囲気に包まれていた。
勿論、どんなに暇だろうと他の司令室でこんな状態でいたら上官の叱責を買うことは間違いない。
エドワード少将の司令室だからこそ許される暴挙であるともいえる。


そんなのんびりとした司令室に響き渡ったのが前述の将軍の発言だった。


「席替えって、一体何をするのですか、少将」

「何をするって、席替えと言ったら席を入れ替えるに決まってるじゃないかロス少尉」

「いえ、それは分ってますが司令室内での席替えなど聞いたことがありませんが・・・」


それはそうだろう。
司令室内の席順は、地位や役割によって一番効率の良いと考えられる場所が最初から決まっているのだ。人員の入れ替えがあったときも、通常は欠員要員が補充されるのであって、その席は前任者の場所と同じである。
稀に、昇進や降格になった者が多少前後の席へと移ることはあっても、基本的に席は決まっている。
だからこそのロス少尉の当惑した発言となったのだ。
とはいえ、そんなことは重々承知の上で発言しているエドワードである。
今更止めるつもりなど毛頭無い。





「とにかく、もう決めたから。やるぞ!」

「エルリック少将、おふざけも大概にしていただかないと困ります。仕事をして下さい」

「そんな怖い顔して怒らなくてもいいじゃんか、中尉。それに今日は全然仕事ないし暇だろ?」

「それはそうですが、だからって席替えをする理由がありません。止めていただきます」

「そう言わずにさ、偶には違う顔ぶれに囲まれて仕事すれば刺激になって捗るかもしれないだろ?」

「そうは思えません」

「良いじゃないですか、中尉。面白そうだしやってみましょうや」

「あなたは黙っていて、ハボック少尉」


暇を持て余していたハボックが面白そうだと助け船を出すも、直ぐさまホークアイに一括され首を竦める。
視線だけで人を殺せそうだと噂のホークアイ中尉の一瞥である。効果は絶大だった。
それでも、面白そうだと思ったロイやアームストロング、その他男性陣の思い掛けない後押しにより、席替えは決行されることとなった。
要は女性陣に呆れられたのだが、それはこの際気が付かなかったことにする。
そして、満面に笑みをたたえた将軍閣下の一言で、ロイ達は直ぐに後悔することとなる。
イヤな予感がビシバシとしていたではないかと思い出したのはその時だった。





「よし、決まり!じゃあホークアイ中尉、俺を含めた全員でくじ引きするから、準備よろしく!あっ、席の並び順はこのままで良いからな」

『ええええーーーーーーー!!!』

まさか将軍を含めて全員での席替えとは思っていなかった男達は焦った。
つまり、将軍が普段座っている席に誰か他の者が座り、考えたくもないが、将軍その人が部下達の誰かの席に座る可能性も十分すぎるくらい有るということか・・・・・。

どうしよう・・・・。

後悔先に立たずとはこの事だろう。
深いため息をついたのは、何となく予想していた女性陣。
逆に、予想だにしなかった男性陣は顔から血の気が引き死人のように青ざめた事を明記しておく。














「エルリック少将、報告書を持ってまいりました」

「入れ」

「失礼いたします」

「エッ、エルリック少将??」


扉を開けた下士官が正面を向いて固まった。
確かに声はエルリック少将だったのに、今自分の正面に居るのは誰だ;;;
いや、見覚えはある。
小柄で眼鏡を掛けた小動物のようなあの人物は多分。いや絶対にフュリー曹長だ。
だが、何故彼が司令官席に座っているのだろう?
しかも、よく見なくても彼が顔を青くしてガタガタと震えているのが分る。


そんな、頭の中に沢山の『?』を浮かべた下士官を現実に引き戻したのは、自分の立っている位置から一番近い席から掛けられた声だった。


「俺はここだ、軍曹」

「エルリック少将っ!?なっ、何故この様なところに居られるのですかっ!」

「席替えしたから」

「は?」

「席替えしたらくじでこの席に決まったんだ」

「?????」


言っていることは分るが、理解が出来ない。目を白黒させている軍曹には気の毒と言うしかない。
何をどうやってやり過ごしたのか記憶にないまま、軍曹はあたふたと書類を将軍に手渡して退出した。
この様な遣り取りが先程から既に4件も発生している。


将軍の気まぐれで始まった席替えはくじが出来たら直ぐに実行され、そして終わった。
部下達の席替えには大した問題はなかった。
いや、ハボックの机の汚さに荷物の移動が大変だったとか、ホークアイ中尉の正面に移動してきたファルマン准尉の顔色が青いまま戻らないとか、多少の問題は発生した。
だがそれも、フュリー曹長が被った災難に比べれば物の数では無いだろう。


そう。
将軍が縒りにもよって一番の末席へと移動し、入れ替えのように、その末席に座っていたフュリー曹長がまさかの事態で将軍の司令官席へと移動になってしまったのだ。
全員が一斉にくじを開いてこの事が発覚したとき、エドワードは面白がり、フュリーは卒倒しそうになった。
このような席移動は幾ら何でも認められない。そう判断した部下達は頑張った。
だが、どんなにロイやホークアイが止めてもエドワードは聞く耳を持たなかった。
公正なくじで決まったことなのだから実行する、と・・・。












一週間後。

エルリック少将が招いた大混乱の席替えは収束していた。
その事に不服があるのか、将軍の機嫌は優れなかったが、部下達の心には平安が戻った。
何しろ大変だったのだ。
フュリー曹長は生きた心地がしないのか涙目になりながら体をちぢこませ、司令室にやってくる者達の不躾な視線に息が止まりそうになり、役割を無視して席替えした部下達は書類の受け渡しや伝令系統が混乱した。
そして極め付けが、将軍の使用している机の小ささだった。
何しろ普段将軍が使っている司令官席は、部下達の机の3倍も大きいのだ。
その机一杯に積まれた書類がフュリー曹長の机の上に収まるわけがない。
結果として、はみ出た書類が隣のロス少尉や前の席のブレダ准尉の席にまで浸食を始めて収拾が付かなくなった。


事ここに至り、将軍に殺されてもいいという決死の覚悟で、部下達は元の席に戻してくれるよう懇願した。
当初はイヤだと駄々を捏ねたエドワードだったが、むさ苦しい男達の涙目攻撃に終日襲われ、心身共に疲弊したのだ。
特に効いたのがアームストロング少佐の攻撃だった。
流石のエルリック少将も、筋肉隆々の濃ゆい男の滝涙には背筋が凍る思いがしたとかしないとか。




そんなわけで、今日もエドワード・エルリック少将率いる司令室は平和だったそうな。






END




迷惑な将軍閣下に振り回される部下達のお話でしたv
なんだか急に席替えしてみたくなったんですよ、私が(笑)
事務職では無いので机とは無縁なんですけどね;;;


2009/01/14