Little escape













無機質で飾り気も何もない廊下を幻のように美しい光が動いている。


音も立てずに優雅に動くその光には、驚くことに人間である証の二本の足があり、
しっかりとした足取りで迷いなく先へ先へと進んでいた。


白く透き通るような肌。黄金の瞳と黄金の髪。
歩く度に揺れる長く豪奢な髪は目映い光を放ち、その色彩は真っ青な軍服に驚くほどよく映えていた。
誰もが羨む均整の取れた細くしなやかな姿は、見る者の目を否が応でも奪う。


・・・はずなのだが、何故かすれ違う者達の視線はその光の軌跡を追ってはいなかった。
こんなにも目立つ存在が認識されないとは不思議である。やはり幻なのだろうか。


そうではない。
音もなくゆったりとした様子で歩を進めているのは、やはり生きた人間であった。
ポニーテールにされた髪型と相俟って、一見して男なのか女なのか判断に迷うほど秀麗な顔をしたその人物は、軍内では知らぬ者がいないのではと噂されるほど有名なエドワード・エルリック少将その人だった。
エドワード・エルリック少将は、史上最年少での国家錬金術師試験合格や、数々の武勲を挙げた功績による異例の出世で有名だったが、実は一番知られている姿は、本人は不本意だろうが、トラブルメイカーであるという事実によってであった。


だが、実際に鋼の錬金術師とエドワード・エルリック少将が同一人物であると知っている者は、直近の部下である者以外驚くほど少なく、また、彼の人物が目を見張るほど美しい容姿をしていると知っている者も、これまた驚くくらい少なかった。


それは何故なのか?


最初の疑問に関していえば、まず積極的に吹聴して回っているわけではないということが一つ。次に、軍に正式に入隊してからは、錬金術師としての才能もさることながら、型破りで斬新な作戦立案と迅速な行動力、更に極めて高い遂行力が評価されることが増えた事が挙げられる。
そして、更にもう一つ理由があった。
それは、何故かエドワード・エルリック少将に関する情報が機密扱いになっているからである。
人事関係の人間でない限り、個人の経歴を見る機会は殆ど無いが、調べようとすれば簡単である。だが、エドワード・エルリック少将に関しての書類は謁見するのに大総統の許可が必要だった。
おまけに、現時点でエルリック少将の書類が機密扱いになっている理由を知っている者は、少将本人と大総統であるキング・ブラッドレイしかいない。これでは他の者が知りようがないのは当然といえば当然である。
それがまた謎を呼んでいるというのも頷ける。


二つ目の件に関していえば、行動と容姿が一致しないというのが一番大きな理由であると言えるかもしれない。自由すぎる行動と突飛な言動の数々。それと反比例するように秀でた美しい容姿。これらが、どうにもこうにも頭の中で結び付かないのである・・・・。
これについては痛いほどよく理解できる。そう、非常によく理解できる。


そして、今日も今日とて、エドワード・エルリック少将は騒動を巻き起こしていた。








「エドワード・エルリック少将、大至急大総統室までお越し下さい!繰り返します。エドワード・エルリック少将、大至急大総統室までお越し下さい!!尚、エルリック少将を発見した方は、速やかに将軍を捕獲し、大総統室へとお連れ下さい。以上!!」



アメストリスという国家の中枢である中央司令部。しかも大総統府である。
その建物内全てに流されている業務連絡に、行き交う者達は度肝を抜かれる。
普通、将官ともあろう者が放送で呼び出されることなどまず無い。
しかも、呼び出しているのが大総統で、大至急なのである。この事実に更に驚きが増すのは当然だろう。
一体大総統閣下はエルリック少将に何の用があるというのか。甚だ疑問である。
そして、極め付けに恐ろしいことが一つ。
この放送が流されたのが、本日既に5回目であるという事実である・・・。


この放送が15分置きに流れている事から考えて、エルリック少将は1時間以上大総統からの呼び出しを無視していることになる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有り得ない。


将官が司令室を離れたまま1時間以上も行方不明で、更に大総統からの呼び出しを無視し続けているなんて。
普通に考えれば、左遷・降格・免職と選取り見取りの暗い人生が待っているのだが、エルリック少将に関していえば当てはまらない。
何故ならば、こんな事は日常茶飯事だからである。


そう。信じられないだろうが、この騒動は中央司令部では既に日常茶飯事となっているのである。
少なくとも月に一度はこの様な放送が流れ、、その後、発見されたエルリック少将が起こした騒動が面白可笑しく取り沙汰され、皆の井戸端会議の格好の話題となるのだった。
初めてこの放送を聞く者は一様に驚き慌てふためくが、大抵の者は慣れっこになっていて、又か、くらいにしか思わなくなっているのが現状であった。
そして、実際に大総統が呼び出している件は滅多になく、その殆どは彼の部下達の脅しによるモノが多かった。つまりは、いつまでもサボってないでサッサと戻って仕事をしろということなのである。
上司が上司なら部下も部下である。仮にも一国のトップを出汁にするとは・・・。
そして、ここまでしても一向に改善されない事態に驚愕するのだ。


大総統の名が何の脅しにもなっていないという事実に・・・・・。


ちなみに、前述の放送の前にも呼び出し放送は掛けられていたのだが、その呼び出し3回の内容は以下の通りである。
『エドワード・エルリック少将、司令室までお戻り下さい。繰り返します。エドワード・エルリック少将、司令室までお戻り下さい』
『エドワード・エルリック少将、至急司令室までお戻り下さい。繰り返します。エドワード・エルリック少将、至急司令室までお戻り下さい』
『エドワード・エルリック少将、大至急司令室までお戻り下さい!繰り返します。エドワード・エルリック少将、大至急司令室までお戻り下さい!!』


この放送は20分置きに流されたため、合計2時間半近く将軍は姿をくらましていることになる。
信じられない事態である。
それにしても、仮にも将官を相手に捕獲しろとは・・・凄い内容である。








「またエルリック少将が呼び出されてるぜ。よくやるよなぁあの将軍も」

「ホントだよな。この間なんて3時間も行方不明だった将軍が何所にいたか知ってるか、お前?」

「知ってるよ!大総統専用の書庫で昼寝してたところを、偶々立ち寄った当の大総統が発見したんだろ!」

「そうそう!流石に大総統の執務室近辺にあの放送は流れないもんな。そりゃいくらでも無視できるってもんだ」

「確かに。結局、大総統が発見した後もグーグー寝たままでさ、知らせを受けたホークアイ中尉が叩き起こして執務室まで引き摺っていったっていうんだから笑えるよな」

「有り得ないだろ。それで何のお咎めもないなんてな。どんだけ大総統のお気に入りなんだか」

「まあ、聞いてる限りのエルリック少将の功績を考えるとちょっと納得できないでもないけどな」

「でもよ。噂で聞いてるような凄い軍功を、本当にこの呼び出し食らってるエルリック少将が立てたのか?」

「・・・・・今一つ信じられないのは確かだ」

「本当は別人だったりして」

「そうかも・・・・」

「それにしても、なんでエルリック少将は大総統専用書庫の鍵なんて持ってるんだろうな?あそこって国の機密書類とか禁書とか色々門外不出のモノがあるって言われてるのに」

「う〜ん・・・そうだよな。大体、俺達なんてその書庫が何所にあるかだって知らないのにな。何でだろう?」

「やっぱり特別扱いされてるよな」






このような会話はほんの一例であり、響き渡る不穏な放送に、他の場所でも過去にエドワード・エルリック少将が巻き起こした数々のエピソードについて、軍人達があること無いこと好き放題に噂していた。


例えば、士官専用の仮眠室に入り込んで寝ていた所をハボック少尉に見つかって叩き起こされたとか、中庭にある大きな木の木陰で昼寝していた所をファルマン准尉に見つかって過去に何回抜け出して何所で発見されたかを延々愚痴られたとか、資料室で読書に勤しんでいた所をアームストロング少佐に見つかって筋肉攻撃にあったとか、同じく資料室で昼寝していた所をロス少尉に見つかって懇々と説教されていたとか、はたまた下士官専用の食堂で堂々と食事していた所をフュリー曹長に見つかって泣かれたとか、大総統が視察に行ってる間に忍び込んだ大総統執務室で昼寝してた所をマスタング少佐に見つかって焼かれそうになったとか、医務室でベッドを占領して寝ていたところをブレダ少尉に見つかって仕事が終わらないと詰られたとか、司令部を抜け出して街まで出掛けた挙句におやつを大量に買い込んで戻ってきたところでホークアイ中尉に捕まり折角買ってきた愛しのおやつを没収された上に丸三日間休み無く書類の決裁をさせられたとか、等々である。


あまりに頻繁に発生する数々の逃亡劇に、誰もが心底呆れている事は間違いないだろう。


それにしても、こうして過去の事例を列挙してみると、その殆どが寝ているところを発見されているこがよく分かる。エルリック少将、あなたはどれだけ寝汚いのですか?と思わずにはいられない。


また、中庭や食堂等、多数の軍人達が行き交っている場所であるにも係わらず、将軍直属の部下達が見つけるまで誰もその存在に気が付かなかったという事も見て取れる。これはなんとも不思議である。目が眩むほど煌びやかな光を放つ派手な容姿をしているというのに。
そして最後に、何回も痛い目に遭っているにも係わらず、エルリック少将が全く懲りていないようだということもよく分かる。
もしかしてエルリック少将が超人のような功績を挙げたというのは噂だけで、実際は只のアホなのかもしれない。ただ、そうなると将軍の少将という地位が解せないが、大総統と大分親密な様子だという噂だけは真実と捉えるのなら、もしかしてコネや金銭を積んでの出世だったのかもしれない。だとすれば何と卑怯な!等々・・。


エドワード・エルリック少将に関する噂は、羨望や崇拝、憧れ、嫉妬や疑問が生む様々な憶測と、大部分の真実とが入り交じって拡大して行き、果たして何が本当で嘘なのかが全く分からない状態となっていた。正にカオスである。





「こちらマスタング。大総統府内作戦司令室付近を移動中のエルリック少将を発見!これから捕獲する!」

「了解!速やかに将軍を確保して大総統執務室へと連行して下さい!」

「分かった!」


今回は連絡係として司令室に残ったフュリー曹長に報告すると、ロイは早速行動を開始した。


ロイをはじめ、司令室の面々があちこち飛び回って探していた苦労も知らずに、ロイが発見した将軍は、長い通路をそりゃもうのんびりと優雅に歩いていた。
それこそ散歩でもしているかのように・・・。まさか本当に散歩してたのだろうか?
あり得る・・・・。
だが、将軍が逃亡してから随分時間が経っているのだ。流石にずっと歩いていたわけではないだろう。
では何所で何をしていたのだろうか?
どうせ昼寝でもしていたのだろうが、今はそんなことを考えている暇はない。将軍を確保しなくては!


ロイは前方30メートル程を歩いている将軍に狙いを定めると、気取られないように注意を払いつつ近付こうと歩き始めた。
突然怪しい動きをし始めたロイを見て、通り過ぎる軍人達が怪訝そうな視線を寄こすが、そんなことは気にしていられない。今は将軍を捕まえることが最優先なのだ。


距離を少しずつ縮めていきながらも、油断すると姿を見失ってしまいそうになるので気が抜けない。
キラキラとした光を放っているはずなのに、何故かその光は幻のように儚く見えるのだ。


将軍を追いかけながら、それにしても、とロイは思った。
もしかして将軍は大総統室へと向かってはいないだろうか?
そう。確かに大総統室へと向かっている。間違いではない。
先程まで少なからず通りかかっていた軍人達の姿もぐっと少なくなっており、ここが大総統府の最奥だということが分かる。この先の通路が続く先にあるのは、最早大総統執務室以外ない。
ならば事は簡単だ。用心する理由がないのだから。


「エルリック少将!!今まで何所にいらしたんですかっ!!!」


その怒鳴り声に、チラホラと歩いていた軍人達が驚いて振り向く。
えっ?何所にエルリック少将が居るのだ?と。
そして、ロイが走り寄っていく先をじーっと眺めてようやく気が付いた。金色の光があることに。
そして更に驚く。すれ違っただろうにまるで気が付かなかった、と。
あんなに目映く光っているというのに、そんなことがあるだろうか?
そして更に思う。見ている今でさえ何だか本当にそこに居るのか少し疑わしい感じがするのは何故なのだろうか?と。


「よう、少佐。どうしたんだよ、そんなに慌てて」


駆け寄ってくるロイに呑気に問う将軍に、一瞬殺意が湧く。いや、冗談だが。
それにしても、よりによって『どうしたんだ』も無いだろう。こんなに必死になって探していたというのに。


「どうしたもこうしたもありません!2時間も前からずっと呼び出しの放送が流れていたのを知らないとは言わせまよっ!」

「あーまあ・・・それはその・・なんだ。ちょっと昼寝してたもんだからさ。探してたのか?悪かったな少佐」

「悪いと思うのならサボらないで下さい。将軍が逃亡してからもう4時間も経ってるんです。分かってるんですか?」


どうやら、エルリック将軍は呼び出しが掛かる2時間も前から逃亡していたらしい。
この事実を知った周囲の軍人達は我が耳を疑い、改めて驚愕の視線を将軍へと向ける。
それはそうだろう。現在の時刻は午後の2時なのだから。
つまり逆算すると、エルリック将軍は出勤してから僅か1〜2時間余りで仕事を放り出して逃亡した事になる。
一体どういう人物なのだ・・・エドワード・エルリック少将とは。


こうしてまた、噂と現実と美貌とが奇妙な具合に混ぜ合わさり、あること無いこと取り沙汰されることとなるのである。


「わかったから、そんなに怒るなよ。良いじゃないか。今日はそんなに仕事無かったしさ。みんなだって暇そうにしてただろ」

「4時間前とは状況が変わったんです!今日の大総統の呼び出しは本当の重要事項ですよ。・・・多分」

「それはどうかな。こんなに時間が経っても少佐達に内容を言ってこないんだったら、今回もどうせ下らないことだろ。慌てることないって。それより、少佐までホークアイ中尉みたいに怒るなよー。怖いじゃないか」

「・・・・・・反省してませんね、将軍」

「してるって。悪いなと思ったから、こうしてちゃんとじいさんの所に行こうとしてるんじゃないか」

「公共の場で大総統をじいさん呼ばわりしないで下さい」

「分かったよ。小姑みたいだな、少佐。嫁に行けないぞ」

「・・・・・・自分は男ですから嫁に行けなくても問題ありません」

「冗談だって」

「当たり前です。それと、将軍。お願いですから気配消して行動するのを止めて下さい」

「なんだそりゃ?」

「言葉の通りです。毎回毎回お願いしてるはずです。初めて聞いたとは言わせませんよ」

「あーそりゃ難しいな。もう癖になってるからな〜これは」

「気配ビシバシさせてるときだってあるじゃないですかっ」

「あれは意識して態とそうしてんだ。作戦如何によっては、俺のことを印象付けなきゃならないときもあるからな」

「ですから、反対にして下さいと言ってるんです!普段は気配を消さない。任務時は気配を消す。そうすれば良いだけじゃないですか」

「ヤダよ。癖だもん。もう直らないって」


30歳を超えた男が『癖だもん』と言っても可愛くないのが普通だが、エルリック少将は可愛かった。
お得意の悪戯っ子笑顔をニカッと向けられたロイは、ドキッとしながらも恨めしさが隠せない。知らず上目遣いで将軍を見ることになる。


「んな、恨めしそうな顔して睨まなくても良いじゃないか。可愛くないぞ」

「可愛くなくて結構です」

「嘘嘘。可愛いぜ少佐v」

「・・・・・・・・・・・」


もはや言葉もない。
何を言っても暖簾に腕押しな将軍には勝てる気がしない。
恨めしさが募り、ロイは更に渋面を作る。


「兎に角、急ぎなんだろ?早く行こうぜ」

「分かりました・・・」


傷ついたロイの気も知らずに、とっとと歩き始める将軍が憎い。いや、憎くない。いや・・・。


ロイは疲れた溜息を吐きつつ、さっさと歩き始めた将軍の後に続いた。
別にロイが一緒に大総統室に行く必要は無いのだが、本当に将軍が大総統室に入るのかを見届ける必要はもの凄くあるので、付いていくことにした。
一体、どれだけ手が掛かるのだ、この将軍閣下は・・・・。
人間、脳細胞が優秀すぎるとどこかがおかしくなるのだろうか?


褒めてるんだか貶してるんだか分からない感想を抱きつつ、気を取り直したロイは、再びフュリー曹長へと連絡を入れた。


「こちらマスタングだ。エルリック少将を確保。大総統室まで送る」

「了解しました。では全員に伝えます。ご苦労様でした、少佐」

「ああ。ありがとう」








結局、あれだけ大騒ぎをして呼び出した割には、大総統の用事は大したことではなかった。
いや、大したことはあったのだ。
西部からセントラルへと向う列車内でテロが勃発し、危うく多数の犠牲者が出るところだったのだ。この事件の収束に赴いて欲しいという大総統からの要請だったのである。


30人のテロリスト達による大規模な犯行だったとはいえ、本来ならばこの程度のテロに、少将である将軍が出向く必要は無い。だが、何故か昔からトレインジャックとの遭遇率が異様に高く、かつ的確に鎮圧してきた実績を買われての出動だった。
命令を受けたエルリック少将以下司令室の面々は直ぐさま現地へと出向き、走り続ける列車へと乗り込んで事態はあっという間に鎮圧された。乗客への被害は皆無に等しく、テロリスト達は1人残らず拘束された。


エルリック将軍他、司令室の面々の、赤子の手を捻るような見事な手際に感嘆する者、寧ろテロリスト達より恐ろしかったと恐れおののく者。居合わせた者達の悲喜交々の思いが風に乗って広がり、更に尾びれ背びれをつけて行った事は言うまでもない。











END




呼び出されても呼び出されても無視し続ける将軍。
それを必死になって探しまくるロイ達。
気の毒ですねぇ・・・(>_<)
更に、気配消しまくりのエドに翻弄されるというおまけ付き(苦笑)
目立つのに見つからないエルリック将軍の謎解明です(笑)
呼び出し放送は、本当は大総統ではなくホークアイ中尉にしとくと良いと思いますv
その方が効果覿面ではないかと;;;
でもね、流石に上官を中尉が呼び出す放送は出来ないんですね〜(苦笑)
サッカーやらバスケやらを見ながらちまちまと書いていたので、粗があること間違いなし!
のお話だと思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです☆


2010/06/21