DNA









今日も将軍のおやつを買いに使いっ走りにされたロイが、どうにも納得がいかないという顔つきで司令室へと続く通路を歩いていた。
両手に抱えきれないほどの袋を下げたロイの姿は、既に中央司令部内では馴染みの光景で今更気にする者もいない。
それでも、仮にも少佐の地位にある者が晒す姿でないことも確かであった。
通りすがりの軍人達の同情に溢れた眼差しが、ロイの胸に突き刺さる。


引き金を引いたホークアイ中尉が待ち受けているであろう司令室に覚悟を決めて入ろうと、最後の角を曲がったロイの目に飛び込んできたのは、案内の者に導かれて、今正に当の司令室へと入ろうとしている人物の後ろ姿だった。
遠目にも軍人でないことは見て取れるので、少しだけロイは不審に思う。
通常、中央司令部内に軍人以外の者が立ち入ることは殆ど無い。
ましてや、この区画は殆ど大総統府も同然なくらい奥まった場所にあるのだから尚更である。
一体どんな経緯があっての事なのだろう。

ロイが首を傾げている間に彼の人物は司令室内へと入り、案内の軍曹だけがロイがいる方へと戻ってきた。
分からなければ聞けばいいのである。


「君。少し聞きたい事があるのだが」

「マスタング少佐。ご苦労様です」


呼び止められた軍曹が、ロイの抱える大量の荷物をチラッと見た上で労をねぎらう。
放っておいて欲しい・・・・。
要らぬ気遣いに微妙に腹が立つ。
いや、軍曹が悪いわけではない。悪いのは一にも二にも少将閣下である。


「今エルリック少将の司令室に入っていったのは一体誰なんだ?」

「は、エルリック少将のお身内の方だと窺っております」

「ご兄弟か?」

「分かりませんが、お若い方でしたので恐らくはご兄弟の方だと思います」

「そうか。引き留めて済まなかった」

「いえ。失礼します」


身内?兄弟?だからといってここまで通して良いものだろうか。
何となく釈然としないまま、ロイは自身も司令室へと入る。


「ロイ・マスタング少佐、只今戻りました」


思い掛けない人物の登場で、うっかりホークアイ中尉の襲撃を失念してしまっていたロイは普通に扉を開けてしまった。
だが、皆の注目は先に入室した将軍の身内へと集まっており、幸いなことに誰ひとりとしてロイに気が付く者はいなかった。
身の安全は守れたが、僅かばかりの寂しさを感じるのは何故だろう。


孤独なロイとは対照的に、将軍の執務机の前に立っている人物の周りには司令室の面々が取り囲んでおり、何やら凄く楽しそうである。和気藹々とした雰囲気からして、どうやら全員が彼の人物とは面識があるようだ。
ロイがいる入口からは彼の人物の背中しか見えないのだが、がっしりとした体付きと、アームストロング少佐よりは低いが、将軍より頭一つ分は優に高く、かなりの長身であることが見て取れた。
やはり兄弟。しかも兄なのだろう。
将軍とは違い、少し癖のある短い髪をしていて、髪の色は将軍より少し淡いというか茶色っぽい金髪で、どこか柔らかそうな印象を受ける。
風を受けたらふわふわと舞いそうなその髪を見ていると、きっと人物も優しいのではないかと思えてくる。
真っ直ぐすぎる金髪同様、苛烈なまでに猪突猛進気味の将軍とは受ける印象が真逆である。
お兄さんもきっと小さい頃から苦労してたんだろうな・・・。
初めて会った人物の背中を見ただけで、妄想を膨らましてひとりしみじみと感慨に浸っていたロイはアホである。
日頃から虐げられているうちに、どこか精神に異常を来たし始めているのだろうか。
将来有望な軍人であり国家錬金術師でもあるひとりの青年が、徐々にその人格を崩壊させている事に誰も気が付いていないのは残念としか言いようがない。


「おっ、帰ってたのか、ロイ!フィナンシェ全種類買えたかっ!?」


大量の袋を下げたままボーッと突っ立っていたロイに、ようやくエドワードが気付いて人垣の奥から声を掛ける。
巷で人気の洋菓子店に行き、例の如く大行列に並んで手に入れた本日のおやつは、将軍が大声で叫んだとおりフィナンシェである。
それにしても酷い。
『フィナンシェ買えたか?』等というセリフは、普通軍人同士の会話では有り得ない。
ましてや上官が部下に掛ける言葉ではもっと無い。
それでも、誰も気にしないぐらい恒例となっている買い出し行事にロイは不満タラタラである。
唯一、抜け出しての買い出しに厳しいホークアイ中尉でさえ、ロイにお仕置きした後は美味しくおやつを食すのだから堪らない。
結局、ロイの味方は誰もいないのだ。
段々とやさぐれていく自分を自覚する今日この頃である。


「・・・・・買えました」

「でかした!んじゃ、丁度良いから皆でお茶にしようぜ」


甘い物に目がないエドワードは、ふて腐れたロイなどお構いなしである。
口をへの字にしてムッツリとしていたロイの視線の先で、将軍の兄と覚しき人物がこちらを振り返ってロイを見た。
ようやく正面から向き合うことが出来た人物は、髪の色と合いまった若干将軍よりも濃い琥珀色の瞳を持っていた。
やはり兄弟なのだろう。髪の色と瞳を見ただけで血の繋がりを強く感じる。
ただ、似ているのはそこだけで、顔は全く似ていない。
切れ長の瞳が印象的な将軍とは反対に、優しげな印象を与える大きな瞳と少しだけ下がった眦。
ほっそりとした面長でシャープな輪郭の将軍とは違い、ほんのりと丸い、だからといって決して女性的ではない曲線を描く顔の輪郭。
何時だって悪巧みを考えてニヤリとした笑いを浮かべている将軍とは違い、白い歯が爽やかな、心が晴れるような笑みを湛えた口元。
若そうだが、当然将軍よりは年上に見える成人した男性。
男の理想のように包容力のありそうなその姿に思わず見とれる。
きっとこの人物は、男性からも女性からも好かれるのだろうとも容易に想像がつく。
味方も多いが敵も多い将軍とは大違いだ。


それにしても、一体幾つなのだろう?
将軍が、若く見えるが実は30歳だという事実に驚愕したのは少し前のことだが、その将軍よりもこの人物が年上には見えない。
精々30歳と云うところだろう。
遺伝的に若く見える家系なのだろうか。


「兄さん。おやつは後にして先ずは僕にマスタング少佐を紹介してよ」

「ん?ロイと会うの初めてだっけか?アル」

「当たり前じゃない。僕がセントラルに来たのは2年ぶりなんだから」

「そういえばそうか。んじゃ紹介するよ。ロイ。こっち来いよ」


相変わらず突っ立ったまま妄想を広げていたロイを犬でも呼ぶかの如く手招きする将軍閣下。
そんな失礼すぎるエドワードの仕草にロイは気付きもせず、今交わされた会話を頭の中で反芻していた。
『兄さん。僕にマスタング少佐を紹介してよ』
『兄さん。僕に・・・・・』
『兄さん。』


「兄さんっ!!??」

「なっ、なんだお前。急に叫ぶな。しかも、俺はお前の兄さんじゃねぇぞ」


目をこれ以上ないくらい見開いて、将軍に向かって指を差した挙句に、思わず『兄さん』と叫んでしまったロイを誰も攻めることは出来ないだろう。
誰もが、この兄弟の真の姿を初めて知ると驚きを隠せないのだから。
うんうん。気持ちはよーく分かる。ビックリするよ、ホント。
無言で首を縦に振る司令室の面々。気味が悪いくらいロイに優しい。
もしかしたら、今日はホークアイ中尉のお仕置きも免除して貰えるかもしれないぞ、ロイ。


「人に指を向けるなよ、ロイ。失礼なヤツだな。いいから早くこっち来いよ」


いつだって失礼で傲慢なのは自分のくせによくも言えたものだと、いつものロイなら憤慨しただろうが、この時は驚きすぎてそれどころではなかった。
再度エドワードに手招きされて、殆ど無意識のまま、ようやくロイは足を動かすことに成功した。
途中で、ロス少尉がロイが両手に提げていた袋を受け取ってくれたことにも気が付かない。
正に茫然自失である。


「ロイ。こいつは俺の弟でアルフォンス・エルリック。故郷のリゼンブールで医者をしている。
アル。こっちはロイ・マスタング少佐。焔の銘を持つ国家錬金術師だ。それと、俺に対して色々口うるさいのが玉に瑕だ」

「初めまして。マスタング少佐。いつも兄がお世話になってます。今の失言も含めてきっと色々ご迷惑をお掛けしていると思いますけど、どうぞ兄を見捨てずにいてやって下さいね。我が儘ばかり言ってどうしてもいうことを聞かないときは無理矢理牛乳を飲ませると良いですよ」

「アル!お前何余計なこと言ってんだっ!俺は迷惑なんか掛けてないんだからそんな必要は無いんだよっ!」

「嘘ばっかり。じゃあ何で少佐は勤務中におやつの買い出しなんてさせられてるのさ。兄さんが無理強いしたんでしょ」

「違うぞっ。ロイが俺のことを上司とも思わない態度でバカにしたから罰として買い出しさせてるんだ!」

「どうせ兄さんが碌でもないことしたんでしょ。気の毒に。いい加減にしなよね。もういい歳した大人なんだから」


アルフォンス・エルリックと名乗った将軍の弟(!)が、どんなに将軍が喚いても、慌てず騒がず冷静に言い負かしている光景にロイは唖然とする。
凄い。
グラン准将にも何故か勝てずにいつも負けている将軍ではあるが、それでもここまで劣勢ではない。
家族という、良くも悪くもお互いを知り尽くした関係だからこその強みだろうか。
ツッコミ方が半端ではない。
それに、この弟(何度確認しても驚かずにはいられない)は、第一印象通り見掛けも言葉遣いも柔らかくて優しげだが、その口から吐き出される言葉は決して穏やかではない。
どこか黒い雰囲気が醸し出されているように感じるのはロイの気のせいではないだろう。
この兄にしてこの弟あり。
正に割れ鍋に綴じ蓋(?)とでもいうべき兄弟の会話であった。


「もう良いから兄さん少し黙っててよ。僕マスタング少佐と握手もしてないんだから」

「兄に向かってその言いぐさは無いっ・・」

「あらためまして。マスタング少佐、こらからもバカ兄のことよろしくお願いしますね」

「ロイ・マスタングと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。こちらこそ将軍の足を引っ張らないように精進します」

「寧ろバカ兄に振り回されないように注意して下さいね。本当に質が悪いので」

「はっ・・はい」


エドワードの抗議をばっさりと無視して繰り出されるアルフォンスの言葉は辛辣である。
だが、固く結ばれたロイとアルの手には、相互理解の色が滲み出ていた。
我が儘な兄及び上官を持つと色々と苦労するのである。









「僕と兄さんは一つ違いの兄弟なんですよ。兄がこの通り子供っぽいので僕の方が年上に見られることが多いんですけどね」

「俺が子供っぽいんじゃなくてアルが老けてんだろっ」

「何か言った?兄さん」

「別に」


皆で仲良くお茶を飲みながらの会話とはとても思えないが、ロイはようやくこの状況に慣れて普段の自分を取り戻していた。
それには、ホークアイ中尉のお仕置きが無かったこともロイの気分を上昇させた大きな一因となっている。
おまけに、この司令室内で絶対的存在の将軍が、ふて腐れながら2番手に甘んじている様子が愉快でならない。
我ながら意地が悪いと思うが、普段から将軍に虐げられている身としてはこの位の楽しみは許されるだろう。


それにしても、一つ違いの兄弟とは。現在29歳という事か。
では、自分が精々30歳と予想したのは強ち間違いではなかったのだ。
だが、アルフォンス・エルリック氏は25歳くらいにしか見えず、兄である将軍は精々20歳にしか見えないのだから凄い兄弟である。
女性から羨ましがられること請け合いの驚異的な若さである。


「髪の色や瞳の色は将軍と凄く似ていますが、顔はそれ程似ていませんね」


随分と不躾で立ち入ったことを聞いているという自覚はあるのだが、疼いた好奇心を抑えきれず常になく饒舌になっているロイに、嫌な顔一つ見せずに答えるアルフォンス。どうやらお互いが気に入ったようである。
お陰で蚊帳の外にされたエドワードは面白くない。
折角久しぶりに弟に会ったというのにこの仕打ちは何なのだ?
酷いじゃないか、アル!
12種類もあるフィナンシェを各3個ずつヤケ食いしながらぼやくエドワードの姿は、ハッキリ言って子供にしか見えない。


「僕は母に似たんですけど、兄は父に似ていて美人なんです」

「美人言うなっ!」

「そんなこと言ったって、兄さんは昔からしょっちゅう女の子や女性に間違われているじゃない。黙っていれば十分綺麗な女性に見えるよ」

「俺が女に見えるっていうのか?!失礼なこと言うな、アル!大体、母さんに似てる時点でお前の方が女顔だって事だろう!俺はあのクソ親父に似てるってだけでムカツクのに要らんこと言うんじゃねぇよっ」

「だって事実だもの。否定のしようがないよ。ねえ、皆さんもそう思うでしょ?」

「んなわけあるかっ!」


自分達に同意を求めて巻込むのは、出来れば止めて欲しいのだが、それにしても凄いなこの人。
目を三角にして憤る将軍に全く動じないとは。
ロイはつくづく感心してしまう。
自分にもこれと同じスキルが備わっていれば良いのに・・・・。


「顔は母似なんですけど、骨格はどうも父に似たようなんですよね、僕。それとは逆に、兄は顔が父似で骨格が母に似たようなんです。お陰で僕はグングンと背が伸びたんですけど、兄は中々伸びなくて随分恨まれましたよ。おまけに、ほっそりとしたまま肉もつかないから余計女性に見えるんでしょうね」


抗議する兄を無視して、はははーと笑いながら傷を抉る弟に、
『アル!俺に喧嘩売ってんのかお前っ』と、叫びながら将軍が殴りかかるが、あっさりといなされている。
全力ではないだろうが、格闘技の達人である将軍の攻撃を簡単に退けるとは驚きである。
恐らくは、彼も相当な腕の持ち主なのだろう。
こうなると最早勝ちは見えている。いや、最初から勝負になっていないというのがホントの所だろう。
実年齢は一つ下だが、精神年齢は、確実に五歳以上弟の方が上だし、体格でも勝っている。
将軍が勝てるわけがない。
それにしても、これがこの兄弟の普段の会話なのだとしたら、随分と物騒な話である。
それとも、将軍が弟の機嫌を損ねるような発言や行動をしたのだろうか?
まあ、楽しいから何でも良いか。


今回は牛乳が嫌いだという弱点を知る事が出来たが、将軍の事で、聞きたいことや知りたいことはまだまだ沢山ある。
だが、それはまた別の機会に取っておこう。


今日は散々驚いたせいで少し疲れているので、今は少しの休息が必要である。


常になく余裕綽々で楽観的になったロイは、余興としか思えない兄弟喧嘩を観覧しながら、自分が買ってきたフィナンシェを堪能することにした。






大変、美味である。















END




突然、アルが出てくる話を書きたくなってしまい、
連載を途中で放り出してちまちまと書いてました;;;
時間が掛かった割には微妙な出来の小話ですが、
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいですv

最後が中途半端な感じもするんですが、
長くなりすぎるのもどうかと思ったので、
今回は兄弟喧嘩(?)の最中で切り上げてしまいました;;;

もしかしたら続き書くかもですが、今はこれでご勘弁を(>_<)



2011/05/22