予感














冬の昼下がり。
冷えた空気のなかにも仄かな暖かさが漂い、春を感じさせる気持ちの良い風が吹いていた。


その日は起きた時から何故か心が騒いだ。
どうしてかは分からない。こんな事は初めてだったから。
でも、何かが変わる。
そんな予感がしていた。


終業後、一日中そわそわした気分のまま過ごした一護は、遊びに誘ってくる友人達を振り切り、足早に家路に着いた。
そして、途中何かに導かれるようにして、家とは全く方向違いの見知らぬ道へと足を向けたのだ。
何故その道だと分かったのか、どんなに考えても、今もって理由は不明のままだ。
ただ、どうしてもそちらへ行かなければならないと思ったのだ。


ただの一度も迷うことなく歩き続けた一護が辿り着いたのは、一軒の瀟洒な屋敷の前だった。
こんな屋敷があったのかと驚くほど、その家は大きくて美しかった。
だが、美しい外観とは裏腹に、その屋敷にはどこか歪んだ空気が漂っていた。
それが何なのか、はっきりとは分からない。
でも禍々しい気配がする事だけは感じ取ることが出来た。


一護は、昔からよく”色々”なものを見ることが出来た。
それは死者であったり、意識であったり、残像だったりした。
普通の人間は見ることが出来ないものを自分だけが見ていることに気づいたのは
小学2年生の頃だったろうか。
初めは面白そうに好奇心いっぱいに囃し立てていた友達が、
何か怖いものでも見るような目をして徐々に一護を避けるようになった時、
これからは何を見ても、感じても、口に出してはいけないんだと理解した。


一護が見るものは、多くは害のないものばかりで、ただ其処に居たり、漂っていたりした。
暫くすると消えていくものが殆どで、悪意あるものになっていくものは殆どなかった。
ただ、時々変化するものもいた。
それら直視できないような禍々しさを増していくものたちに対して、
一護はどうすることも出来なかった。
当然だろう。ただの子供である一護に何かが出来るわけがない。
そんな時に一護ができたことは、その場所を避けること。
情けないけどそうする事しか出来なかった。
そして、長い時間を経てから、再びその場所を恐る恐る訪れてみると、
大概其処には既に何も無かった。
あんなに黒いものがどうやったら消えるのだろう。
子供ながらに一護はそう思っていた。


高校生になった今、子供の頃よりそれらのものを見ることはあまりなくなった。
と、いうよりは、見ることを意図的に忌避するようになっていた。
見たくないのだ。
見るたびに不快になる悪いものが増えてきたし、自分にはどうにも出来ないから。
そして思うのは、町の空気が悪くなったのだろうか。と、いうことだ。
昔は良いものもあったのに、最近は悪いものばかりが目立つようになった。
今日、この屋敷から漂ってくる気配も悪いものだった。
それも、今までに無いくらい酷い。
神経を集中すればするほど気持ちが悪くなってくる禍々しさ。
そのものが発する声があるとするならば、それすら聞えてきそうなほどだ。


でも、その悪いものと一緒に、もの凄く惹かれてやまない気配がする。
朝から感じていた予感は、この気配に繋がっている。
それは間違いない。
この気配は、一護の運命をも変えるだろう力を持っている。
何故かそう確信している一護だった。
逸る気持ちが増してくる。
悪いものには近寄りたくない。
でも、この不思議な存在を自分の全てで確かめたい。


一護がジレンマに襲われ思わず叫びたくなった時、突然悪いものが弾けた。
それは本当に急激に、一気に邪悪なものへと変化したのだ。
ここにいては危ない。
冷静に”逃げろ”と判断する脳の命令を無視して、
一護の足はその邪悪なものに向かって走り出していた。


何故か開いていた屋敷の門を通り抜け、裏手にある庭へと向かう。
表からは窺い知れないほど荒れ果てた庭の木々は濃い闇を作り出し、
其処に邪悪なものを生み出していた。
辿り着いた一護が目にしたものは、巨大な悪意だった。
元は人間だったのだろうか?
それさえも分からないほど醜悪な姿。
ここまではっきりと黒に染まった悪意を目にしたのは初めてだった。
その悪意に触れている事がとてつもなく苦しい。
立っていられないほどの圧力が一護を押し潰してしまいそうだった。
実際に膝から力が抜け、地に這い蹲りそうになっていた一護は、
次には意識までが押し潰されそうになった。


そんな一護を救ったものがあった。
今までの不快さが嘘のように消え去り、換わって現われたのは冷徹な意志だった。
ともすれば厳しく、触れれば冷ややか過ぎて火傷をしそうなその気配。
その時の感情をどう表現すればいいのだろう。
やっと出逢えたっ!そう驚喜する自分と、
出逢ってしまった・・・。そう恐怖する自分とがいた。
相反する感情が一気に押し寄せ、脳が沸騰しそうだった。
処理しきれない想いが溢れ、一護は気が遠くなった。
実際に、ほんの一瞬だが一護の意識は失われていたのだろう。
次の瞬間には邪悪な気配は一掃されており、
残っていたのは一護を混乱の境地に陥れた冷徹な意志の存在だけだったから。


それまで伏せていた顔をゆっくりと上げた一護の視界に入って来たのは、
先程と同じなのに全く雰囲気の変わった庭の姿だった。
荒れ果てているのは変わらないし、冬だから勿論花など殆どと言っていい位咲いていない。
それでも、春を待つ姿がどこか凛としていて健気に目に写る。





そして・・・・。
驚喜し恐怖してやまない気配が一護の目の前に在った。
背を向けたその姿は黒かった。
髪も着物も。
そう。
すらっとしたその後姿は黒一色の着物だった。


同じ黒でもこうも違うものだろうか。
この黒からは邪悪な気配が全くしない。
先程の悪いものが底の無い地獄の闇だとするならば、
この黒からは夜の闇の気配がする。
一見冷たく暗いようだが実はそうではなく、罪や後悔、悲しみを癒してくれる優しさを秘めている。


それにしても、この辺で着物とは珍しい。
どこか呆然としたまま一護はそんなどうでもいいような事をぼんやりと考えていた。
そんな一護の視線に気が付いたのか、微動だにしなかったその黒が
ゆっくりとした優雅な動作で振り向いた。
その動きに、ざわざわとした衝動が激しくなり、一護は思わず目を瞑ってしまった。
見たい。見たくない。
この期に及んでまだ動揺している自分が滑稽で情けなく、なんだか笑いたくなる。
そんな一護の葛藤も動揺も全てを見通すかのような鋭い眼差しが一護を貫く。
どのくらいの間そうしていたのだろう。
実際は驚くほど短い時間だった。
一瞬間。
意を決した一護の瞳が開かれた。





現世での任務を終え、尸魂界へと帰ろうとした矢先に突如として現われた虚。
その巨大な気配に危険を感じ、直ぐに駆けつけた。
そこにいたのは、因果の鎖を断ち切ったばかりとは思えないほどの邪悪に満ちた虚だった。
それでも、自分にとっては大した脅威ではない。直ぐに片が付く。そう思った。
事実始解するまでも無く消滅させた。
倒したからには、普通ならば何のためらいも無く即刻帰還しただろう。
だが・・・。


そこには人間がいた。
虚の圧力に押し潰されされそうになっていたちっぽけな人間。
何故こんなところにいるのかと思いはしたが、大して気に掛ける価値も無い。
そう思い立ち去ろうとした。
でも、何かに足を掴まれているかのように動くことが出来なかった。
頭と裏腹な体に不可解さを感じ知らず眉が顰められる。
その不快な気分のまま見つめる先にいた人間が、それまで頑なに瞑っていた瞳を開いた。





目があった瞬間、どくんっと心臓の高鳴る音が聞こえたような気がした。
それがどちらの心臓だったのか。それともふたり共にだったのかは分からない。
ただ、お互いに自分の鼓動の速さだけを感じていた。


氷のように冷たい瞳が自分を見つめている。
その事に一護は身震いした。
恐ろしくて逃げ出したくなる。
この瞳には自分の全てを見透かされている。そう思った。
何故なのかは分からない。でも、この瞳には嘘が付けない。
そう思った。


自分の目をひたと見つめる人間に少なからず驚く。
感情が無く冷たいと評される自分の視線の冷たさは理解している。
周囲から囁かれるそんな戯言に興味は無い。
何を言われようとどうでもよい事だ。
だが、その視線が周囲には恐れられていることも知っている。
だからこんなにも真っ直ぐに自分の目を見つめる相手には久し振りに出会った。
ちっぽけな人間の子供。
その子供が自分を見つめている。
真っ直ぐに。でも、どこか躊躇いつつ。
怖いのだろうか。揺らめく瞳が潤んでいるように見えて、何故か目が離せない。





「名は?」

「黒崎一護」

「あんたは?」

「朽木白哉」





未だ何も知らない。
だが、互いの命が互いの手の中にあることを知った。


一瞬の邂逅の終わりは永遠の始まりだった。











END













なんでしょうこれ?
って、自分が分からなけりゃ読んで下さった方は
もっと分からないですよね;;;
毎回言ってますけど、思い通りの物って書けた例がない(>_<)

これは、兄様のお誕生日用に書いていたものですが、
例によってまったくもって間に合いませんでした(爆)
相変わらずへたれです;;;

このお話の兄様はまだ下っ端です。
って言っても席官ではありますが、隊長にはまだまだ。
そんな時に出逢っちゃったんですね〜一護とv
この先どうなるんでしょうねぇこの2人。
死神と人間の霊感少年ですよ・・・。
ものごっつ遠距離恋愛するんでしょうか(笑)

2007.2.8