陽炎の記憶 満開の桜の下、あちらこちらで花見という名の宴会が催されている。 夜ということもあり、多くはサラリーマンの集団だったが、大学生集団も多く混じっていた。 咲き誇る桜を見ることもなく日頃の鬱憤を晴らすかのごとく、ただ闇雲に騒いで飲んでいる者が多い中、学生集団のなかで一人だけ、自分の属すグループから少しはなれたところで缶ビールを傾け、枝いっぱいに花を咲かせた桜を静かに仰ぎ見ている者がいた。 髪を染める若者が多い現代でも珍しいオレンジ色の髪。 月明かりに照らされてほの白く輝く桜にその色は映える。 遠くを見るような眼差しにはほんの少しだが悲しげな色が垣間見え、同年代の学生たちが男女問わず多少の羽目を外して騒いでいるなか、どこか他を寄せ付けない雰囲気を持つその人の静謐さは際立っていた。 それでも、その雰囲気を物ともしないしない者(単なる酔っ払いとも言える)はいるもので、彼の束の間の静寂は破られた。 「一護ー!写真撮るからお前もこっち来いよ!」 「俺はいい」 一瞬で近寄りがたかった雰囲気を払い落とし素に戻った一護は、友人の誘いをあっさりと断る。 なぜ? 写真は好きではない。 理由は単純だ。 つれない答えに、今までにもこんなことは何度もあったのだろう。断られた友人は、また駄目かーと大げさに嘆く。そして、きっぱり諦めるのかと思いつつも、そこは酔っ払い。 かなりしつこく一護に絡んで誘ったが、そんなことで一護の鉄の牙城を崩せるわけもない。 結局は一護が酔っ払い集団を撮ることで決着していた。 友人の不平を聞き流してカメラを握りながら、昔、こんな事があったな・・と一護の思いは過去に遡る。 春先の穏やかな日の昼下がり。 咲き始めの桜の木が幾本も立ち並ぶ小高い丘の上。 普段は全くと言っていいほど人気の無いその場所が、今はやけに騒々しく賑わっていた。 吹く風は未だ冷たく、花見にはまだ少し早い。 当然満開には程遠い。 なのにどうしてこんなに多くの死神たちが集っているのか。 死神たち。 そう。ここは尸魂界。 集っているのは護廷十三隊の隊長格及び席官クラスの死神たちが数十人。 昼間だというのに彼らの殆どが既に泥酔状態で、もはや収拾がつかない有様だった。 仕事はどうしたんだという疑問が誰からも出ないまま、無礼講のような飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。 そんな騒ぎの中、憮然とした様子でにこりともしない人物が一人だけ居た。 秀麗な面に冷ややかな空気をまとい、何の表情も浮かんでいない。でも、一護にはその内面が手に取るように分かっていた。 ---------怒っている。激しく怒っている。 迂闊に声をかけようものならどうなってしまうのか想像したくもないほど怒っている。 その理由も分かっているだけに、いつもなら文句を言うその態度にも強く注意をできない。そうなれば取れる手段は一つだけ。触らぬ神に祟りなし。そっとしておくのが一番である。 白哉には悪いが、自分は今のこの状況が結構嬉しくて楽しいから。 「ちょっとー、お酒ないわよー誰か持って来てっ!!」 「つまみもないぞー!」 「俺の酒飲んだの誰だ?!」 「誰も飲んでないですよ。ご自分で飲み干していたじゃないですか」 「そうか?」 「そうです」 「隊長もっと飲んでくださいよ。全然飲んでないじゃないですか」 「いや、十分だ」 「きゃははぁっーーー!剣ちゃん変な顔〜〜」 「ふぇめえがんんぁことしゅっからだふぉうがっ!!!」 「何言ってんだか分かんないよぉ〜v」 一護の気遣いも何もかもをぶち壊し、白哉の神経を更に逆なでするかのごとく、周囲では呑気な会話がひっきりなしに交わされている。 無表情の仮面の下に夜叉の心を忍ばせ、それでも白哉がこの場に踏み止まっているのは、偏に一護の存在のためである。 元々、この場所には一護と白哉しかいなかったのだ。 蕾が膨らみ、少しづつ咲き綻びはじめた桜を見ようと白哉を誘ったのは一護だ。 午前中の執務を終えた白哉に勿論否は無い。 たとえ終わってなかったとしても、この日ばかりは無視したことだろう。本当ならば、今日一日は全ての日常から逃れ、一護と一緒に居たかったのだ。 かつての、規律に厳しく融通の聞かない白哉だったならばこんな事は考えもしないことだが、一護と出会ってからの白哉には、以前のような頑ななまでの厳しさはない。 それは他に対してもそうだし、己に対しても適用されるようになっていた。 一護に連れ出されたのは、瀞霊廷の外れにある誰もいない静かな丘。 芽吹き始めた桜の間をさらりと吹く風に、二人の髪や死覇装も揺らされながら、ただ黙って芝生の上に座り桜を眺めていた。 少しだけ離れて座る二人の、触れそうで触れない指先や肩。交わらない視線。近くにいながらどこか遠い二人の距離。 言葉に出来ない思いを双方共に抱えながら、それを吐き出せない苦しさが微妙な空間を作り出していた。 どうしたらいいのか分からない。 そうして一時間も過ぎた頃だろうか。二人だけの静かな時間が破られたのは。 「いっちー、みーーーっっけ!」 「相変わらず霊圧垂れ流して隠すことしねぇ奴だなおめぇは」 何時も楽しそうなやちると呆れたような一角の声が背中から聞こえた。 突然聞こえた声にびっくりしながら振り返った一護の視線の先には、隊長格がズラリと勢ぞろい。 目を丸くして驚く一護とは反対に、近づいてくる多くの霊圧に気づいていたのだろう白哉は、二人だけの空間を邪魔されたことに気分を害し、一瞬で氷の雰囲気をまとい背中で彼らを拒絶した。 白哉に悪いと思いつつ、重かった沈黙がふっと軽くなったような気がして、一護は彼らの手荒い乱入を歓迎した。 嫌がられたって引くつもりのなかった面々は、一護たちの無言の了承をしっかりと受け取った。 そして、手に手に酒やらつまみやらを抱えた彼らは、遠慮も何も無く二人の間に割って入り、あっという間に宴会が始まってしまった。 いつの間にか一護の手にはなみなみと酒がつがれた盃が一つ。 宴の中心に取り込まれた。 白哉も同様だ。どんな恐れ知らずが白哉に酒を手渡したのだろうか・・・。 白哉が不本意ながらも盃を手にし、宴の輪に加わったのは、当然一護のためだ。 驚きながらも嬉しさを覗かせる、その泣きそうな笑顔に・・・・。 明日、一護は現世に帰る。 二度と尸魂界へ来ることは無いだろう。 永久(とわ)の別れ。 本来なら有り得なかった出会い。 すべての災いが去った今、死神が生きている人間に接触することは赦されない。 どんなに望んでも叶わない仲間との再会。 そして・・・・・・・・恋しい人との逢瀬。 死屍累々という表現がはまり過ぎる惨状に、白哉は、知らずため息をつく。 その中には勿論一護も混じっていて、さらに深いため息が出る。 明るいうちから始められたバカ騒ぎは、どっぷりと日が暮れた夜中にようやく終息を見た。 いったい何時間騒いだのやら。 白哉は自分の忍耐力に感心する。 こんな馬鹿騒ぎ、一護のためでなければさっさと立ち去っていただろう。 なんといっても一護と過ごせる時間は後数時間しかないのだ。数時間しか・・・・。 ほんの微かに頭を振り、白哉は一護を抱き上げ、その場を後にする。いつまでも自分以外の者達に一護を独占させるつもりは無い。 「一護」 密やかに囁かれる自分の名前。 朧な意識の中で聞くその声が、どこか切ない響きを持って聞こえるのは気のせいだろうか。 そんな悲しい声で呼ばないで欲しい。いつもの不遜なくらい偉そうな白哉でいて欲しい。 らしくない白哉に何か言わなくてはと、一護は急速に覚醒する。 目を開けた一護の視界には、いつの間に連れて来られたのだろう、見慣れた白哉の部屋の天井と、想像していたのとは違う、仄かに笑みをたたえた白哉が映った。 滅多に見ることの出来ないその微笑に、一護の胸は高鳴る。なんて綺麗な顔。 自分だけに見せてくれるその表情が胸に沁みる。 そして、その次の瞬間に現実を意識し泣きそうになった。 もう逢えない。 どんなに望んでも会うことが出来ない。 口に出すことも出来ず、とうとう明日に迫ってしまった永久の別れ。 避けられない現実に胸が張り裂けそうになる。 耐えられるんだろうか。白哉のいない世界で。 生きていけるんだろうか。白哉のいない世界で。 いつまで待てばいいのだろうか。この世界に戻るまで。 戻ってこられるのだろうか。この世界に。 そして、待っていてくれるのだろうか・・・・・。戻れるかも分からない自分を。 「白哉・・・・」 「何だ?」 「白哉」 「此処にいる」 「・・ふっ・・く・・」 「どうした?」 「何でもなっ・・い」 そう言いながら顔を真っ赤にし、涙を堪えてるのが分かる一護の表情に、白哉の笑みは深くなる。なぜ一護がこんなにも辛そうなのか。その理由が自分にあると分かっている。 自惚れではないだろう。それだけの想いを一護に注いだのは自分だ。また、一護も自分に、不器用ながらも精一杯の想いを傾けてくれた事を知っている。いや、感じていた。 お互いに器用ではない。ぎこちない態度と足りない言葉で、何度となくぶつかり合ったが、それでも離れようとは思わなかった。 なくてはならない存在。 半身。 どんなに言葉を尽くしても言い表せないほど大切な者。 それでも。明日には別れなければならない者・・・・・。 いつしか、両腕で顔を隠し肩を揺らしている一護がいた。 弱みを見せたくないとばかりに、声を押し殺して泣いている一護が愛しい。 誘われるように、白哉は一護の首筋に口づける。不意に落とされた愛撫に身体を震わせ、小さく声を上げる一護に白哉の愛撫は深くなる。 首筋から頤。そして薄く開けられた唇へ柔らかな接吻を。 顔を覆う一護の両腕を自らの両手で左右に押し広げ褥へと縫い付ける。 顕になった一護の両頬は、思ったとおり涙に濡れ、目は真っ赤になっていた。 合わさる視線に恥ずかしそうに顔を背けようとするのを、白哉は一護の両腕を左手のみで頭上に纏め、残った右手で頤を掴んで、それを阻止する。 決して強い力で掴まれているわけではないのに、一護はどうしても白哉から逃れることが出来ない。この優しい拘束にどこか喜びを感じている自分を一護は意識する。 このまま捕まえていて欲しい。離さないでいて欲しい。離したくない・・・。 普段なら絶対に吐かない弱音。そんな女々しい自分に呆れる余裕が今の一護にはなかった。 一護の葛藤を知ってか知らずか、白哉は見詰め合ったまま再び一護の唇へと口づけを落とす。先程のような優しく触れるだけの口づけではない。静かな始まりとは裏腹に、白哉の舌は一護の舌をきつく絡めとり奥深くへと進入する。舌が抜けるのではと思うくらい強く吸われる口づけに、一護の眦からは意識しない涙が零れる。 一時も休ませて貰えない接吻に息が出来ず、苦しさから逃れようと弱々しく首を振るが、白哉は赦さず、更に上顎や下顎の内側を尖らせた舌先でなぞり、唇を噛む。 一護の口端からは溢れ出た二人分の唾液がとめどなく流れ落ち、真っ白な褥に大きな染みを作っていた。 「・・っんん・・ふっ・・・っ」 「は・・ぁ・・・っっ・・・・ぁっ・・・・」 途切れ途切れに聞こえる一護の言葉は意味を成さず、ただ息が吐き出されているのみだ。 「・・・ぅっっ・・ひゅっっ・・・・ぐっっ、ごほっ・・げほっ・・ぐっ・・」 ようやく開放され、止められていた呼吸が一気に肺に入り咽る。 荒々しく貪られていた一護の唇は真っ赤に腫れ上がり、感覚が麻痺していた。 痺れるようなその感覚に口を閉じることも出来ず、口端からは更に唾液が零れ続けている。 一護の両腕はとうに開放されていたが、その手は力なく頭の横に投げ出され、荒い呼吸に胸は激しく上下し、涙と唾液にまみれた顔は上気している。 潤んだ瞳で白哉をぼんやりと見つめている一護の表情はどこか幼い。そんな年相応の幼さの中に、それでも時折ぞくりとするほど婀娜っぽい色香が覗くことがある。それは愛されることを知っている者だけが放つ事が出来る艶だろうか。 白哉は一護の口端に唇を寄せ、溢れ出る唾液を丁寧に舐め取る。痺れている唇にその行為は刺激が強かったのか、一護は反射的に目を瞑り首を竦ませた。 白哉の悪戯な口づけは口端から鼻先、目尻、額へと次々に場所を変え、一護を翻弄する。 甘く優しい口づけに一護の意識は霞み、何も考えられなくなる。ただ、自分に触れる白哉の手や唇の感触だけがすべて。 一護はすべてを白哉に与え、また白哉のすべてを手に入れる。この瞬間が何よりも幸せだと真実思う。たとえ数時間後に避けられない別れが訪れるとしても・・・。 出会わなければ良かったなどとは思わない。白哉と出会って経験した嬉しさも楽しさも辛さも悔しさも悲しみも、全てが今の一護を形作ったものだから。どれか一つが欠けても今の二人は存在しなかった。巡り会えた事の奇跡に・・・・・。 「白哉・・・」 与えられるだけでは足りない。一護は両腕を白哉の背に回し抱きしめる。 一護の部屋。 机の引き出しに無造作に入れられている2枚の写真。 何も写っていない真っ白な写真。 景色も人物も建物も、そこには本当に何も写っていなかった。 常人には見ることの叶わない写真。 別れの日の朝、意外と世話好きで人のいい(気が弱い)伊江村から手渡された写真。 その1枚には大勢の死神たちにもみくちゃにされた一護が迷惑そうに、でもどこか嬉しそうにしながら写っている。 そして、もう1枚の写真には一護を見ている白哉と、その視線から逃れるように顔を背けている一護の姿。薄っすらと項が赤く染まってるのが見て取れる。 最後の瞬間にも決して別れの言葉も再開の言葉も交わさなかった。 そんなものに意味はないから。 お互いに思いは胸に秘めたまま。そして間違いなくその思いは同じだろう。 ぞんざいに扱ってるようで実は大切にしている自分にしか見えない写真。 鮮やかな記憶を蘇らせる確かな証。 忘れえぬ思い出。 次に見(まみ)えることが可能なのかさえ分からない。 陽炎のようなあの日々。 END またもや久々の更新になってしまって申し訳ありませんm(_ _)m それにしても・・久々に最後まで書いたような気がします;;; 最近は書き始めても途中で止まってしまって、 書きかけのものが随分溜まってしまってたので(爆) もうちょっと筆が早くなると嬉しいんですけどねー。 遅筆過ぎて笑えない・・・・・。 文才がないって本当に辛い(>_<) 妄想だけはあるのになぁ・・・・・・・・ガクッ。 そして、今回Hに挑戦しようとしてまたもや挫折! どうしても筆が止まっちゃうんですよね;;; はぁ・・・いつになったら他所様のように素晴らしく艶のあるHが 書けるようになるんだろう・・・・・(遠い目) この後一護お誕生日おめでとう短文を書きます! 一緒にUP出来てたら褒めてください〜〜(>_<) 2006.7.14 陽炎とは→春から夏にかけて日差しの強いときにおこる気象現象。 取り留めなく、在るのか無いのか分からないものの例え。 目に見えるのに手に取れないもの。 |