光の庭












角を曲がった先の通路。
その通路の先を歩く人物が誰だかわかった途端に一護の瞳が輝き、その顔には満面の笑顔が広がった。次の瞬間、一護は付き人が止めるまもなく辺りを憚らない大声でその人物の名を叫んでいた。


「白哉ー!」

「一護様、人前でそのように白哉様の御名を呼び捨てにされてはなりません」

「何で?」

「白哉様は四大貴族の筆頭。朽木家の御当主様です。そのようなお方を軽々しく呼んではならないからです」

「白哉は白哉じゃないか。何が悪いんだ?」

「白哉様の沽券に係わるからです」

「沽券?沽券って何?」

「それは・・。その・・ですね。えっと・・面目とか・・品位。そういったものの事です・・・」


上手く説明できない若い付き人のしどろもどろの言葉に一護は益々首を傾げる。
一体何が悪いのだろう?
自分はただ白哉の名前を呼んだだけなのに。
白哉が四大貴族の筆頭朽木家の当主だということは自分だって知っている。
だからって、今更何故名前を呼ぶくらいのことで注意されるのかどうしても合点がいかない。
昔から白哉は白哉で、自分は3歳の時に初めて白哉に出会ってから五年というもの、ずっと白哉を呼び捨てで呼んできたのに。
いつも一緒に居る爺やはそんな事言ったことないのに。


納得のいかない疑問に悶々としていた一護の頭に、ふわっと暖かい手が乗せられて髪をくしゃっと撫でられた。
手の主に気付いた一護の、眉間に寄せられていた皺が一瞬で解け、振り向きざまに相手に抱きつく。


「白哉!」

「久しいな一護。また少し大きくなったか?」

「おう!育ち盛りだからな!毎日おっきくなってるんだって兄貴が言ってた」

「海燕か?それとも岩鷲か?」

「兄貴って言うのは海燕兄貴に決まってるだろ!岩鷲なんて兄貴じゃないもん!」

「では何なのだ。岩鷲は」

「あんな奴は只の五月蝿い馬鹿だ。俺の兄貴なんかじゃない!」

「そうか。では何なのだ?そなたは岩鷲が嫌いなのか?」

「うっ・・。きっ嫌・・いだっ!大嫌いだっ!」


必死になって嫌いという一護が可愛い。本当は仲が良くていつもじゃれ合ってるのを知っているだけに尚更笑える。素直で真っ直ぐな一護は人を嫌うことなどまずない。
嫌いと言うだけでも本当は良心が痛んでいる事だろう。分かっていて少しばかり意地悪をしてしまう自分に白哉は呆れる。
それでも、真っ赤な顔をして必死に言い募る一護が可愛くてついつい構ってしまうのだ。


驚いたのは一護の付き人の青年だ。
こんなに間近で白哉を見るのも初めてだが、厳しいことで知られる白哉が、八歳の子供の相手を笑いながらしているのにも衝撃を受けた。
厳しいという噂のほうが間違っているのだろうか。それとも一護だけにこんなにも優しげな笑みを向けるのだろうか。
疑問を抱えたまま、パカッと口を開いてぼーっとしているその様はかなり間抜けなものだったが、幸いにして周囲も同じ状態だった。
つまりは今の白哉の状態が珍しいもので、普段の能面のような顔で厳しい白哉が通常の状態だということだ。


周囲の困惑や驚きに全く意を払うことなく二人の会話は続いている。


「そなたが瀞霊廷に来るなど珍しいな。海燕に用事か?」

「そう。姉ちゃんが大事な用があるから呼んで来いって」

「大事な用?そなたを使いに出すほどの大事があるのか?」

「わかんねぇけど。姉ちゃんがそう言ってたから・・」

「そうか。まあよい。急ぎの用事である事は間違いないのだろう。早く行け」

「うん。なあ白哉。兄貴への用事が終わったら白哉んところに遊びに行っても良いか?」

「駄目だ。今日は忙しい。執務が終わるのは夜中になるだろう。そなたの相手をしている暇はない」

「そっか・・・」


流石に護廷十三隊六番隊を預かる隊長だ。どんなに相手が可愛がっている一護でも公私混同はしない。
きっぱりと断られた一護がしゅんと項垂れてしまう様子が可哀想だが、こればかりは仕方がない。
何よりも規律を大事にするのが白哉の長所であり短所であるのだから。
あっけに取られながらも、先程までの会話に衝撃を受けていた周囲の死神たちは、白哉の発言にほっと胸を撫で下ろした。それでこそ白哉だ、と。
が、その安心も束の間。次に発せられた白哉の言葉にまたもや衝撃を受けることとなった。


「その代わり、明日私の屋敷に遊びに来ればよい」

「ホントか!」

「ああ。明日は休みだからな。何時に来ても良いぞ」

「やったー!白哉大好き!約束だからな。絶対だぞ!」

「ああ。待っている。だから早く海燕の所へ行け」

「分かった。じゃあな白哉!」


浮かれたままさっさと駆け出した一護を慌てて付き人の青年が追いかける。勿論、白哉に頭を下げるのは忘れない。
瀞霊廷で特に危険なことはないとは思うが、一護のお供をして守るのが自分に与えられた仕事だ。間違いがあってはならない。


「一護様ー。待って下さーい。そんなに走っては危ないですよーー!」


遠ざかる一護を見送っていた白哉が、その姿が見えなくなった途端にいつも通りの厳しい無表情へと戻った。
踵を返して歩き始めた白哉に、その存在を全く忘れていた者から声がかけられた。


「隊長。今のはもしかして志波家の三男坊ですか?」

「恋次か」


その存在に初めて気付いたかのような白哉の反応に、いつもの事だと腹を立てることもなく恋次は更に質問をする。
護廷十三隊六番隊副隊長阿散井恋次。
『副隊長たる者、常に隊長の傍に控え行動を共にするべし』
副隊長になった時に最初に教えられたのがコレだった。ただ、隊長はあまりにも強く雲の上の存在のため、その必要があるのかと問われれば、それはかなり疑問だった。
実際、白哉に限らず副隊長を連れずに単独行動を取る隊長は数多い。今日も恋次が一緒に居る事に気付いていない訳はないのだろうが、きっぱりすっぱりと白哉に無視されていた恋次だった。


「はい。初めて見ましたが海燕に似ているように思いましたし、志波家の紋の付いた着物を着ていましたので」

「志波家の三男。志波一護だ」

「随分小さかったですが幾つになるんですか?」

「・・・・・」


必要以上に一護のことを話す気は無いらしく、白哉はその後どんなに尋ねても一言も口を開かなかった。もともと口数の少ない白哉ではある。
それでも、先程の一護との会話を聞く限り、可愛がっているのだということは知れた。そして大事にしていることも。
他人に興味の無い白哉があそこまで相好を崩して相対する相手がいた事にも驚いたが、その相手が十歳にも満たなそうな子供だということに更に驚かされた。
一体どういった経緯で知り合い、あそこまで気安い間柄になったのだろうか。
志波家も四大貴族の一つだ。その関係で交友があるのだろうが、この上司を相手にそこまで突っ込んだことを聞くのは命の危険を伴う。
少しづつ情報を集めてみるのも一興だろう。
それに、この冷静沈着、無表情無関心の白哉をあそこまで変える一護自身にも興味がある。今度海燕にそれとなく話を聞いてみるのも楽しいかもしれない。


退屈な日常が俄かに楽しくなってきた。
白哉と恋次。それぞれの胸中は本人にしか分からないが、どことなく緊張した空気が流れているのは気のせいではないだろう。

















白哉との約束に気を良くした一護はどんどんと走り続け、あっという間に海燕のいる十三番隊隊舎まで辿り着いた。
やっとの思い出着いてきた青年は息が荒い。対して一護はケロッとしたもので、全く息も乱さずまだまだ走れそうな有様だった。


「よう一護。副隊長に用事か?」


一護とも顔見知りの十三番隊第三席小椿仙太郎が、場違いな雰囲気をものともせずにキラキラした瞳で周囲を見回していた一護を見つけて声をかけてきた。


「仙太郎!久しぶりだなー!相変わらずおもしれぇ顔してるなぁ」

「てめぇ一護!出会い頭に失礼なこと言うんじゃねぇ!!」

「だって本当の事じゃないか。何で怒るんだよ」

「余計悪いわっ!目上の者に対する礼儀がなってねぇ!」


言いながら一護の頭に拳骨を食らわす仙太郎。子供相手でも熱血の血は抑えられず、同レベルでのケンカをするあたりがらしいといえばらしい。
本人達はコレでコミュニケーションをとっているのだろうが、周囲にしてみたら五月蝿いだけだ。
まあよく言えば微笑ましい光景だが。


「うるせーーーーーっっ!!!いい加減にしろお前達!!」


この騒ぎに一護の兄である志波海燕が駆けつけて来て二人諸共に拳骨を食らわせた。
一護にしてみれば何故自分が二回も殴られなければならないのか納得がいかないが、この兄に逆らえばどんな事になるのかは目に見えている。それでも一言だけ言わねば気が済まない。


「兄貴!俺が悪いんじゃないぞ!仙太郎が本当の事言っただけなのに俺のこと殴るのが悪いんだぞ!」

「何だとー!一護てめえまだ言うかっ・・っ痛っ」

「五月蝿いって言ってるのが分からないのか仙太郎。子供相手にむきになってるんじゃねぇ。一護もだ。目上の者には礼を尽くせ」


しつこく言いあいをする小椿を海燕が再び殴る。今度は先程よりも容赦の無い力が篭っていた。勿論、一護に注意するのも忘れない。喧嘩は両成敗だ。


「すんません。副隊長」

「もういいからお前は席を外せ。それと、一護が生意気なこと言ったのは悪かったな。俺に免じて許せ」

「もういいっす。俺もむきになっちゃってすんませんでした」


仙太郎が頭を下げながら去っていくのを見送った海燕は、真顔で一護に向き直る。


「お前は何しにここに来たんだ?仙太郎とケンカするためか?ふざけるためなのか?」

「違う・・・」

「だったら何しに来たんだ。なんでも好き勝手に出来ると思ったら大間違いだぞ。お前ももう子供じゃないと息巻くんなら時と場所を考えろ」

「分かった。ごめんなさい」


やんちゃな一護も兄の叱責には大人しく詫びる。もともと素直で人の言うことを良く聞く子供なのだ。
利発で霊力も高く人好きもする。一護の周りにはいつでも人が集まり華やかだ。


「分かればいい。それで、何の用で来たんだ?」

「あっうん。姉ちゃんが大事な用事があるから直ぐに帰って来いって」

「大事な用?何だそれ。内容は聞いてないのか?」

「うん。ただ連れて来いって言われただけ」

「何だぁ空鶴の奴。勿体ぶりやがって。どうせ大した事じゃないんだろうによ」

「仕方ない。一緒に帰るか」

「うん!」

「やり掛けの仕事を二三片付けてくるから、お前はそこの休憩室で待ってろ。絶対にあちこち動き回るんじゃないぞ。分かったな」

「分かった」

「ああ、お前。一護をくれぐれも頼むぞ。目を離すんじゃない」

「分かりました。海燕様」


姉の言いつけを守れた一護が笑顔を見せる。後は大人しく海燕を待てばいいだけだ。
そうなると一護の意識は明日の朽木家への訪問のことへと向けられた。
白哉は大好きだ。初めて会ったときから何故か直ぐに意気投合した。その時自分は僅かに三歳だったが、そんな事は関係ない。その時に白哉の見せてくれた笑顔が凄く綺麗で、益々白哉が大好きになった一護だった。
後で兄に聞いて分かった。普段朽木白哉という男は笑顔を見せないのだと。
ならば何故自分には笑顔を見せてくれるのだろう?
分からないけど、その笑顔で自分が嬉しくなるのは確かなので、まあいいか。と子供らしく深くは追求しない。


いつも忙しくてなかなか会えない分、明日は思いっきり白哉と遊ぼう。何して遊ぼうかな。
この間はかくれんぼをした。すぐに見つかってしまって悔しかったが、楽しくもあった。
遊びがいつの間にか変わって、また鬼道の練習をさせられるのは出来れば避けたい。斬魄刀での戦いの練習ならまだしも、鬼道だけはどうにも好きになれない。
う〜〜〜ん。どうしよう。いつの間にか一護の眉間には再び皺が寄り、腕組みをしていた。
子供らしからぬその様子に周囲の死神たちはつい笑ってしまう。
仕草はしかつめらしいがやっぱり子供だ。可愛らしい。
自分が微笑ましく見守られている事も知らずに一護の苦悩は深くなる。余程鬼道が嫌いなのだろう。


「一護、待たせたな。帰るぞ」


物思いに耽っていた一護を現実に戻したのは兄の海燕だった。
それまでの仏頂面を子供らしくあっという間に笑顔に切り替えて兄に駆け寄る一護。やっぱり可愛い。


恋次に驚きを。十三番隊隊員に微笑を与えた小さな台風は、台風らしくあっという間にその姿を消した。
後には何となく気の抜けた空気だけが残っていた。














END










兄様お誕生日おめでとう!!!
なのに、殆ど出番ない上にパラレルですんません;;;;
誕生日に全く関係ない話の上に一護立派に子供です!
兄様源氏物語を目指しているんでしょうか(苦笑)
一護が紫の上でしょうか?
それは冗談としても、なんだかちょっとこの設定気に入ってしまったので、続くと思います。
その前に他の物終わらせろって声が聞こえてきそうですが・・・(汗)

<簡単に設定説明>こんなところに書いても意味無いのでは・・・・;;;

一護 → 志波家の三男坊。兄は海燕と岩鷲。姉は空鶴です。志波家は没落してなくて、当主は健在
白哉→当然朽木家当主。妻はなし。

志波家と朽木家は交流があり、白哉と一護は一護が赤ん坊の時にも会ってますが、当然一護にその時の記憶は無く、次に会った三歳の出会いが初めてだと信じている。


2006.1.31 間に合うか!!!
2006.5.6  日記よりお引越し&手直し;;;