Might is right.


「おぬしはあんな子供に手を出しおって」
夜一が多少の揶揄と牽制とを込めて言った嫌味に、浦原は底の見えない笑みを浮かべた。そして、恰もそれが真実の理であるかのような顔をして否定の意を表した。
「あの子を抱いたことはありませんよ」
「・・・・・・・・・は」
「だから、あの子と、肌を、合わせたことは、一度も、あ・り・ま・せーん」
巫山戯た調子でへらり、と笑う顔に、念入りに磨いだ爪を立ててやろうかと思ったもののそれよりも台詞の意味の大きさに、夜一は不覚にも気の抜けた表情を晒 してしまった。それに対して浦原がしてやったりとばかりに手に持った杯を高く上げたことが余計に腹立たしい。
「虚言を」
「いえいえ、嘘なんかじゃありませんよ〜ン」
確かに、所作は道化じみていながらも男の目に嘘はない。
「何故じゃ。否、それが正しいのじゃろう・・・しかし、おぬしはあやつを、一護を」
好いていたのではないのか。
その言葉はあまりにも意味を持ちすぎて、夜一には露にすることはどうしても憚れた。一体何を考えているのか、空恐ろしい。
しかし浦原はただその場に留まり、眺めているだけなのかもしれない。己が動けぬ故に此方に落ちて来ぬかと切望しながら、ただ見上げるだけ。
夜一は溜めていた息を、深く、深く吐き出し、長く生きたものの性でそれ以上追求することを止めた。自分にもまた目の前の男と同じだけの咎があるのだと十二分に解している。
そして浦原もまた、その夜一の卑怯さを見て見ぬ振りをするのだ。
気の遠くなるほどの時を共謀してきた二人の、怠惰のような共存だった。




しかしそんな狡猾な大人をいとも簡単に打ち破ることが出来るのが、子供の無謀さだった。
この時、流石の浦原も背後に迫る驚愕なぞ気付かなかった。またその予兆を彼は気にも留めなかった。
いつものように浦原はのんびりと(他人から見れば無駄に)長閑な夕暮れを過ごしていた。
今日の昼は夏の暑い日差しが浦原商店へ差し込み、従業員ともども辟易していた。加えて蝉が何の遠慮も無く声をあげ無駄に温度を上げていた。浦原はいっそ全 て駆除しようかと思ったのだが、それさえ億劫な暑さだった。漸く日が落ち始め、浦原はやっと涼しい風の通り始めた縁側に腰を下ろして惰眠を貪っていたの だ。蝉は未だに五月蝿かったが、意識の外へやればいい。常の暗謐とした気配に些かの違和感をもたらすような明るい夕日が浦原を照らしている。
かの子供の霊圧が意識に引っ掛かり、ふ、と浦原は顔を上げた。はて、珍しい事もあるものだ。試験期間に一旦入ってしまえば例え終わってもなかなか足を向け てはくれないのに。店員が向かえる準備を始めるのを感じながら、浦原はのろのろと起き上がった。間違いなくあの子はココへ向かっている。
そしてそのとおりに一護は浦原商店の敷居を跨った。

「浦原さん、」
「こんにちは、黒崎さん。今日はどうしたんですか珍しい」

暗になかなか会いに来ないことを責めてみると、子供はむっとしたようだ。深くなった眉間の皺が可愛らしい。

「ま、上がってください。テッサイがおやつを出しますから」

まさか菓子に釣られた訳ではないだろうが、一護は素直に居間へ入っていった。まるで楽しいことなど何も無いというように刻まれた皺が一層深くなっている。 無言で(10日間だけ)定位置だった向かいの席に腰を下ろした一護の姿を、浦原は横目で気付かれぬように眺めた。機嫌があまり良くないようだ。肘をついて 何かを只管考え込んでいる。
浦原は自分でも理解しきれないままに、その考え事やらを暴いてみたいと思い立つ。

「黒崎さん、今日は一体どうしたんですか」

一護は浦原にたった今気付いたかのように驚きの視線を向けた。どこかが、ちり、と焼けるような感覚に襲われた。自分で訪れておきながら何を忘れているのだろう。何処に意識を囚われているのだろう。

「黒崎さん」

強めに促すと一護はしぶしぶと口を開いた。



「―――――」



一瞬、耳を疑った。
次いで、数日前交わした夜一との会話を思い出した。
確かに、・・・確かに体を重ねたことはない。だが、子供の甘い舌を味わい、滑らかな肌に触れ、彼を堪能した。陳腐で使い古された思いを告げる言葉も、恐らくこの子には意味があるものだからと、何度も告げたはず。


けど子供には伝わっていなかった?
全く意味の無い行いだった?


そうと気付かずに全てを否定した一護は、不思議そうな顔で見上げている。
浦原は一気に冷えた心に、自らを嘲笑った。

それを悟られぬように一護にそっと微笑んで、その痩躯に腕を伸ばす。
いつの間にか日は隠れ、先ほどまで煩かった蝉の鳴き声も消えている。




ほら、我慢などするから碌なことにならない。




抗う子供の体を抑えつけ、見事な夕日色の髪を、優しく、優しく、撫でた。
怯える一護の眸が、綺麗だ。





END.

各務様コメント


一護さん、誕生日おめでとうございます。そしてありがとうございます。
祝福と感謝と愛を込めて。


読んで下さってありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


これもDLF第三弾!
素晴らしすぎです各務様〜〜〜☆
しかもあたしには絶対書けないだろう浦一v
黒い浦原さんが怖くて良いです(笑)
心の深淵って書くの難しくてあたしには無理;;;
各務様の文章力に脱帽!
この後の一護の行方はどうなるのでしょう?
非常に気になります。
皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?
当然堪能されたことと思います☆
良かったですーv奪った甲斐があるというものですv

各務様、重ね重ね重ね重ねありがとうございました〜〜〜♪

2005.10.9