【鼓 動】






甘く抱きしめられた腕の中で、一護は小さく身じろぐ。
それすらも許さぬといわんばかりに、白哉は閉じ込める腕に力をこめた。
それだけで、どうしていいのか判らなくなる。
肌越しに伝わる温もり。
押し付けられた耳に届く、命の音。
安心している自分がいるのに、恥ずかしくて消え入りそうになってしまう。

「白哉、よせよ。苦しいって……」

「そうか」

ふわ、と腕を緩められて、整った唇が髪に、額に、眦に。
慈しむような口付けが落とされる。
白哉の背に腕を回してそれを受ける一護が、ゆっくりと目を閉じた。

身に刻まれるこの男の何もかもが特別になっていくことに躊躇いを覚えたのは
遠い昔のことだ。
寄せられる想いが少々重くとも、呆れるほど狭量にさせるその独占欲も。
慣れてしまえば心地よいもの以外のなにものではなく。
ただこうして静かに、時には激しく身を寄せ合う瞬間を、一護は幸せだと感じて
いる。

「……白、哉……」

名を呼ぶ自分の声が、驚くほどに甘い。
人形のように、けれど怜悧な面に僅かな笑みが浮かび、白哉のそうした表情
がその心を如実に一護へと伝える。
さら、と漆黒の髪が肩から滑り落ち。
深まっていく行為の中で、一護の頬へと、肌の上へと散っていく。
絹糸のようなそれに指を絡めて、口付けに濡れた唇から微かな喘ぎと乱され
ていく吐息を零して。

数え切れぬほど繰り返した情交の海へと、白哉の指や唇、熱く感じる舌で一護
は少しずつ溺れていった。



情を通わせる時間はあまりにも呆気なく、体はこれ以上無理だと悲鳴を上げて
いるのに、心だけがいつも追いつかない。
際限のない深い情はいつも貪欲で、心地よさを知っているからこそ寂寥感を
感じてしまう。
腕の中でまだ吐息に乱れを見せながら、一護が覆い被さったままの白哉を
見つめた。

「なぁ、……アンタ、なんだか嬉しそうだな」

問う一護にちら、と笑みを浮かべて、白哉が晒された胸元にキスをする。
答える気がないのだ、と長年の勘で感じた一護が気になって言葉を重ねた。

「何かあったのか?」

「何もない。気にするな」

気にするなと言われれば、気になるのが人間だ。
いつも楽しいのか悲しいのか判らない白哉の些細な変化に、一護はだんだん
その原因が何か知りたくなってきた。

「何だよ、俺には言えないことなのか?」

「そうではない。些細なことだ。お前が気にすることではない」

淡々と言い放つ白哉を見つめる一護の双眸に、少しずつ険が帯び始める。
一度白哉が言わないと決めれば、どれほど言葉を尽くして訊ねても意味はな
いと知っている。しかし嬉しそうだと一護に感じさせるほど表情を変えさせる何
かを知りたいと思うのは、偏に愛しているからだ。

「些細なことだと言うなら言えるだろ。何で隠すんだよ」

「お前こそ何故そのように暴きたがるのだ」

逆に問われ、そんな簡単なことも察せられないのか、と一護の機嫌は下降の
一途を辿り続けた。
押し問答を数回繰り返し、とうとう耐え切れなくなった一護が白哉を除ける。

「……判ったよ。勝手にしろ」

腕の中から抜け出し、脱ぎ散らした着物を簡単に身に纏うと白哉を置き去りに
したまま部屋を出た。
朽木家の庭に面した長い廊下を歩きながら、少しずつ白んでいく空を見上げる。
一枚しか着ていない体は急速に熱を奪われていく。
夢心地になるほど温かな温もりは、欠片も残さずに。
痛みにも似た寒さに身を震わせながら、しかしそれ以上に一護の心が軋み、痛
む。
愛されているという自覚はある。
ウザイほどに束縛されているのも知っている。
けれど、そこまで想いを傾けてくれるなら、どうして言ってくれない。

くだらねぇ。

内心吐き捨てながら、けれど不安になった心は止め処なく翳り続けていった。



それから、一護は白哉を避けはじめた。
顔を見れば、既にどうでもいいと思っている気持ちが頑なに閉ざされる。
白哉が呼んでも返事もせず、日が経つにつれて一護の方も引っ込みがつかなく
なっていった。
些細なきっかけで、つまらない意地を張り続け。
謝るきっかけさえ掴めぬまま、三日が過ぎようとしていた。


瀞霊廷の外れで、仕事上がりの一護が石段に腰掛けて深くため息をつく。
日は既に隠れ、夜の気配が濃厚になっていっても一護は動くこともできなか
った。
今更、白哉にかける言葉もない。
今になってしまえば何故あそこまで拘ったのか不思議に思うが、けれど忘れら
れない不安は重く心に存在している。
まるで心が割れたかのようだ。
思い出すたびに麻痺することなく痛み続ける心を、もう誤魔化す術も見つから
ず。

……このまま終わっちまうのかな。

一護がなんとなくそう思ったとき。

「おい、一護。お前帰ったんじゃねぇのか?」

背後から唐突に声をかけられて、一護は小さく飛び上がった。

「てめっ、恋次!脅かすんじゃねぇよ!」

「ばーか。てめぇが勝手に驚いてんだろうが。それより、この間から朽木隊長の
機嫌が悪ぃんだけど、まさかてめぇが関係してるんじゃねぇだろうな?」

形なりにでも訊ねてはいるが、既に頭から決めてかかった言い方だ。
かちんときた一護の目が鋭く眇められる。

「ああ?知らねぇよ!何で俺に聞くんだよ!」

「なんだ、てめぇじゃねぇのか?そうだよな、どうせ朽木隊長の誕生日にイイ事
してやがったんだろうしな」

「……は?」

恋次の一言で途端に呆けた顔をした一護に、恋次が眉を顰めて睨む。

「は?じゃねぇよ。31日は朽木隊長の誕生日だろうが。……まさか知らなかっ
たわけじゃねぇよな?」

「しっ……知ってんに決まってんだろ」

恋次の言葉に知らなかったとは言えず。
語尾を濁らせ、視線を彷徨わせる一護が待てよ、と思い当たる。
あの時誕生日だから白哉は嬉しかったのだろうか。
けれど、あの男がそんなことで?
自分の考えにハマってしまった一護の傍らで、恋次が溜息をつく。

「何が原因かは知らねぇが、いい加減迷惑だぜ」

その愚痴だけで六番隊がどれほど迷惑こうむっているか理解できる。
感情に於いて公私を切り離せない男だった。

「悪ぃ、恋次。たった今白哉に用事が出来た。あいつもう帰ったか?」

「まだ執務室にいるだろうが……おい、一護!」

居場所を聞いた瞬間、瞬歩で消えた一護の気配を追いながら、恋次が低く舌打
ちした。

「ったく、何で俺が……」

───人の気も知らないで。



暗い廊下に灯りの漏れる扉を、一護はノックもなしに勢いよく開けた。
広い執務室のデスクで書類を処理していた白哉が、何の感情も浮かべぬ眸を
向けた。それに臆することなく、乱暴に扉を閉めた一護が足音荒く白哉の前に
立つ。

「アンタ、この間の日誕生日だったんだってな」

「……だから何だ」

「それであんなに嬉しそうだったのかよ?」

「違う」

淡々と返す白哉に、収まった怒りがまた吹き返し始める。
白哉の持つ筆を取り上げ、一護は間近に不機嫌そうなその眸を覗き込み。

「何なんだよ、アンタ。俺には何も言ってくれねぇ。アンタの誕生日だって、俺は
知らなかったんだぜ?アンタが嬉しいと思うことも、どうして欲しいとかいうことも
何一つアンタは言わねぇじゃねぇか。俺は……俺には、知る権利もねぇのかよ」

知っていたら、白哉に何かしてあげたかった。
白哉にとって生まれた日がどうでもいいことでも、一護にとっては特別なのだと
何故この男は判らないのだろう。
不機嫌な顔より、嬉しそうにしていてくれる方が、嬉しい。
大きいことは出来なくとも、白哉が喜ぶことを考える時間すら、一護にとっては
愛しいのに。

「……言ってくれなきゃ、俺はアンタに何もして上げられねぇ。俺には何もするな
ってことなのか?」

「私はもうお前から貰っている」

返された言葉に、一護は瞠目した。
一護には何もしてあげた覚えがない。
ただ、喧嘩を吹っかけたこと以外は。

「何もしてねぇだろ。俺にはそんな覚えは……」

「誕生日というものに何の興味はないが、私はその日にお前という存在を貰っ
た。それ以上望むものなどない」

何の感情の起伏も見せず、さらりと言ってのけた台詞の内容を反芻して、一護
の顔が面白いほど真っ赤に染まった。

「ばっ、何言ってんだ!そもそも、そういうのは俺がそういう日だと知っていな
きゃ意味ねぇだろうが!それに初めてだっていう訳じゃねぇし」

「知らぬとも、私はお前を確認できた。初めてでなくとも、お前を抱くことに違いは
ない。そういうことだ」

「……この、馬鹿野郎……っ」

結局。
一人で自己完結していただけなのか、この男は。
今日が自分の誕生日なのだと、白哉の性格で言うはずはない。
それに振り回されていたのだ、と納得した一護が、地を這うような声で吐き捨て
た。それに白哉が反応を返す前に、胸倉を掴みあげて乱暴なキスをした。
触れるだけでさっさと離れていく一護の顔は、まだ赤いままで。
僅かに目を瞠った白哉の口許が仄かに笑む。

「もう、こんな目に遭うのは二度とごめんだ。今度から俺に隠し事するなら、アン
タなんかとシねぇからな」

それだけ言い置いて帰ろうとする一護の腕をデスク越しに掴み、引く。
抵抗しようにも突然すぎるそれにバランスを崩した一護の唇を、白哉は深く
奪った。拳で押し退けようとする手首を掴み、更に貪欲に求める。

「……ん、ん……っ!」

甘い舌を追いかけ、絡め、軽く噛んで一護の自由を奪っていく。
散々貪り解けば、濡れた眸が白哉を力なく睨め上げた。

「な、にすんだよ……」

「来い、一護。三日分だ。逃しはせぬ」

「ちょ、待て……っ!」

「待たぬ。これ以上待たせるというのなら、向こう三日は立てぬと思え」

笑んだ顔は思わず見惚れるほど綺麗だったが、その陰に見え隠れする鬱積さ
れた男の感情を感じ取り、一護が僅かに青褪める。


元はといえば、白哉が言葉にしていればこんなことにはならなかった。
なのに何故自分がこんな目に遭うのか、理不尽な感情を持て余した一護が、
不貞腐れながらもその背に腕を回した。
















あやの様のコメント
>昨年に引き続き、今年も馬鹿ップル到来。
どうも今甘々月間なのか、それとも単に誕生日だから甘いのか判らんが、甘いです。
お気に召していただけたら、どうぞお持ちくださいv








ダウンロードフリーだったのを良い事に、早速奪ってきたお宝です!
こんなに素晴らしい作品をフリーだなんて、太っ腹です、あやのさん!!!
一体何百人の方がウハウハしながらお持ち帰りしたのやら(苦笑)
本当に素晴らしく甘々で、ついついにやける顔を止める事が出来ませんでした;;;
それなのに・・・。飾るまでものすごーく時間が経ってしまったのが悔やまれる(>_<)
あやのさん、遅くなりましたが、頂き物飾らせて頂きましたv
本当に素敵なお話をありがとうございました〜〜〜♪