天上の光











花咲乱れる春。


昨夜降った雨が嘘のように、空はどこまでも青く、雲一つ無い。
生い茂る木々の葉に溜まった朝露が陽の光を弾いてキラキラと光る。
人生の節目を飾るのに十分すぎるほど美しい朝。


何かが変わる。
誰もが、そう予感せずにはいられない素晴らしい日だった。











その日、中央司令部は朝から慌ただしい空気に包まれており、廊下を走る軍人−特に下士官−達の姿がよく見掛けられた。彼らが向う先は様々だったが、中でも飛び抜けて数多くの軍人達が集まっていたのが、中央司令部の一角にある大広間だった。
中央司令部の東側に作られたこの大広間は、普段は人気が無く、勲章授与式や国を挙げてのセレモニー等、特別な行事が開催されるときだけに使用される場所だった。
”大広間”という言葉では正確には伝えきれないが、10,000名もの人員を収容しても余りあるその広大な空間は、1人でそこに立っていると不安になるほどだった。
その普段はガランとした大空間が、今日ばかりは様相を一変させていた。広間の北側に設えられたステージ中央には赤いカーペットが敷かれ演壇が設置されており、そこから少し下がった場所には中央の一際立派な椅子を中心に左右対称に椅子が10脚ずつ3列に並べられ、東側には軍旗が掲げられている。更に、ステージ下後方三分の一程には無数のパイプ椅子が整然と並べられ、これから何かの式典が行われるのだろうと簡単に予測がついた。
この大掛かりな準備のために何日も前から担当の軍人達は奔走していたのだろう。
勿論、会場の設置だけが彼らの仕事ではない。出席する者のチェックから花や小物の手配。式進行の手順の入念な計画など、やらなければならないことは数限りなくあったことだろう。
それでも、今日が無事終わればその努力は報われるのだ。そう思うと、最後の一踏ん張りと気力も湧いてくる。
頑張らなければ!
頼むから何事もなく終わってくれ!
気力溢れる決意と同時に聞こえる懇願とも云うべき叫びがある。何とも不思議である。
そんな、どこか悲愴な顔でそう願っている者達の殆ど全ての期待と不安を煽っている人物がいた。
その人の名は・・・・・・。













「何で今年に限ってあの人が出席するんだ?」

「知らないよ。俺だって聞きたいくらいだ」

「そうだよなぁ・・・・。今までどんなに大総統が言ったって首を縦に振らなかったっていう人なのに」

「恐ろしい人だよな・・・・。大総統の要請を突っぱねるって」

「・・・・・有り得ないよな、普通」

「当たり前だろ。あの人だから何のお咎めもなく済んでるんだ。普通なら首が飛ぶぞ」

「だよな。なのに何で俺達が担当の年に選りに選って出席するんだか・・・・」

「でも、あくまでも噂なんだろ?本人がハッキリと出席するって言ってはいないって聞いたぞ、俺」

「確かにそうだけど。噂になるってこと自体初めてなんだから、やっぱり本当なんじゃ無いのか?」

「そうなのかなぁ・・・・。俺はデマだと思うんだけどな」

「俺だってそう思いたいよっ」

「はぁぁぁぁぁ。マジでデマであってくれー!んで、もしホントでも、何にも起こらないでくれー!」

「確かに・・・・。でも・・・無理っぽくないか?なんてたってあの人だぞ?」

「わーーーー!!!考えたくないっ!俺逃げ出したいっ」

「俺だってっ!」

「何で俺達当日の会場警備係なんて担当させられちゃったんだよっーーー!!!」

「あーーっ、ホント最悪だっ!お願いします!無事に明日をむかえさせて下さい!」


数時間後に始まる今日の式典の、会場警備に宛がわれた軍人達の哀願が、大広間のあちらこちらから聞こえてくる。その度に上官から叱責が飛ぶのだが、その上官さえもがどこか挙動不審で、よく見れば冷汗をかいている者もいる始末。それもそうだろう。責任の重さでいえば、嘆き悲しむ彼らよりも上官である者達の方が断然大きいのだから。
それにしても、20名余りの軍人達が青ざめた顔で右往左往している光景は、ハッキリ言って異常である。一体何があるというのだろう?
そもそも、下準備や式進行、様々な役割を割り振られた軍人達の中で、会場警備という役割は本当なら一番楽な担当だった筈だ。それがこの騒ぎとは。
式進行に抜擢された者達の心痛は如何ほどだというのだろう?







<中略>








中央司令部の門前でセキュリティチェックを受けた彼らは、その後中庭で一旦整列させられ、大広間に入る前にも再度チェックを受け、ようやく先導する兵士の後に続いて入室することが出来た。
ステージ上に設えられた座席にも、彼らが立つ後ろの席にも、隙間無く軍人達が着席しており、その緊迫した雰囲気に息を飲む。
新人達は、予めリハーサルをしていたのでこの現状を理解してはいたのだが、頭の中でシミュレートしていたのと現実では、いざ目の前にするともの凄い落差があった。



ステージ上に着席しているのは大将以下、准将までの将官が顔を揃え、大広間後部の椅子に着席しているのは、大佐以下、少尉までの佐官、尉官達である。勿論、軍に属する全ての将官、佐官、尉官が出席しているわけではないが、その数たるや凡そ2,000名。おまけに、最後部の座席には、新人達の親類縁者なども列席しているのである。我が子や友人、父や母の晴れ舞台を一目見たいと思うのも当然だろう。特に今年は新人の数も多いため、一般人の列席が目立つようだ。この状況でヒヨコに殻がついたままみたいな新人達にビビるなという方が無理である。
晴れがましさと共に込み上げる震えに息を飲む者多数。それでも、隊列を崩すことなく歩を進めるのは流石である。
彼らが定位置に整列し見上げた先には、当然だが中央の椅子に大総統の姿は未だ無かった。
そして、不可解なことにもう一つ、ステージ上に空席があった。東側の2列目。中将及び少将に宛がわれた一番中央よりの席である。大総統の席にも近いその椅子の主は一体どうしたというのか。周囲の将官達も異例の事態に困惑を隠せず、チラチラと盗み見ながら小声で噂話をしている。将官達のその様子は、ドキドキと胸を高鳴らせ、興奮を隠しきれないまでもピシッとした隊列を崩さない新人達とは大違いである。ハッキリって見苦しい。仮にも将官ならば、どんな事態でも泰然とした姿勢を崩さないでいて欲しいものである。


それにしても、晴れやかな式典に遅刻―まさか欠席ではあるまい―する将官とは一体誰なのか。
―― まあ、分かりきったことではある。







<中略>





ステージ上に座る将官達の疑惑。ブラッドレイの思惑。そして進行を担当している者達の困惑を飲み込んだまま、大総統の訓辞を皮切りに各司令部の司令官やそれに準ずる者、主要部署の長らによる訓辞と祝辞が述べられ、更に新人代表者による宣誓等が続き、式は至極順調に進んでいた。
もしかしたら、あの噂はやはり噂で、このまま何事も起きずに終わるのだろうかと、当日の広間担当に宛がわれた軍人達が淡い期待を抱き始めた頃、爆弾は噂の人物からではなく、思いも寄らない人物から投下されたのだった。






<中略>






『クソ爺。いい加減にしろよな。殺すぞっ』


誰にも聞かれないような小声で毒づく不届き者が一人。出席するかしないかで散々周囲の混乱を招いた張本人であるエドワード・エルリック少将その人である。
自分を探してキョロキョロとする周囲の視線を、気配を消して上手くかわす。一体何所にいるというのか。
忌々しそうな顔をしたエドワードは、煮えくり返る内心を無理矢理押し隠してひたすら耐える。今、ノコノコと用意された舞台に出て行ったら、今までの苦労が泡になってしまう。自分はこれ以上の昇進などしたくはないのだ。
そんなエドワードの切実な願いは、彼曰くクソ爺であるブラッドレイには通じるわけもなく、事態は悪い方へ悪い方へと流れていったのである。









<コメント>

25日現在、原稿が終わってません・・・(>_<)
本当に会場で製本してる可能性大です!!!
軍の入隊式でのハプニング話(?)ですv
本編に沿ってますが、微パラレルかな・・・?
何もかもが?マークだらけで申し訳ない;;;
こんな話ですが、少しでも続きが気になる心優しい方がいらしたら、
12月29日(水)西地区さ32-bスペースでお待ちしてますので是非遊びにいらして下さいv